第5話 王子様の家に招待(強制)

 王子様の家に着いた。


 着いてしまった。


 隣のオレの家は築十数年のよくある二階建ての家だが、王子様宅は見上げるほどデカくて広い。


 久々に訪れることになるのだが、心理的な影響なのか雰囲気が…


 すでに敷地内だ。玄関へ続くアプローチにオレは立っている。左右には広めの前庭。


 …昔、ここで遊んだなぁ。


 その頃のコイツはまさに美少年という感じではあったが活発な子供で、よく傷だらけ泥まみれになって一緒に近所を駆けずり回ったものだ。


 うむ、これは現実逃避だ。


 背後には門扉に立ち塞がる王子様。逃さん、お前だけは…と言わんばかりだ。


「ようこそ、我が家へ」


「…っ!?」


 イメージは蜘蛛の巣に絡め取られた羽虫だ。


 機械式の門扉の格子がゆっくりと閉じていく。門灯の明かりがぼんやりと揺れて迷い人を誘っているようだ。


 薄く笑う王子様に後ろから肩を捕まれ強引に家に押し込まれる。客観的に見れば心ときめくシチュエーションではあるだろうし、初めて訪れる場所でもない。


 しかし、今日ばかりは違った。


 夕暮れすぎの薄暗がりのせいで、広い家の長い廊下の奥が見通せない。


 まるで異界への入口だ。


 ガチャリ、と鍵をかける音がした。


 振り向くと満面の笑みの王子様。まるで真夜中を過ぎた三日月のよう。


 目だけが黒く深い。


 …ぼ、防犯のために入口の鍵を閉めるなんて当たり前のことだし、それが三重でもこの豪邸なら当然のセキュリティだろう。


 しかし、内側から暗証番号式のロックがあるのはなぜだろうか。


「何をしているんだい?

 上がるといいよ。昔はよく遊びに来てくれていただろう?

 最近はめっきり来なくなって、腹立たしい限りではあるが?

 今日は久しぶりだね?

 実に三年七ヶ月と三日ぶりの訪問だ。覚えているかい?

 遠慮なく、委細構わず、はばかることなく上がってくれよ?

 ボクはキミを歓迎する。

 なんせここはボクの家だ」


 なんで、そんな細かい日数まで覚えているんだよ!?


「や、家主より先にあがるのもどうかと思ってな…」


「はは、キミとボクの仲じゃないか」


 オレの手を取り…なんで指を絡めるように手を繋ぐ必要がある? 有無を言わせぬ強引さで招き入れた。


 靴を脱いで玄関がまちを上がると、硬いはずの床に足を取られた気がした。


 肉の柔らかさでオレの足がずぶりと沈み、まるでここは何かの胎内だ。


 オレの足はその何かに絡み取られ、動くこともままならない。


 あぁ、オレはとっくの昔にコイツの腹の中に囚われてしまっていたのか。


 最早逃げられまい。


 そもそも逃げる必要もない。


 だって、オレはコイツと一緒に…


「どうしたんだい?」


「うぉ!?」


 王子様に声を掛けられ我に返った。


 気圧されたせいか変な妄想に耽ってしまった。


 よくよく見てみれば、やたら高級そうな玄関マットを踏んでいるだけだし、これまた高級そうなスリッパを履いただけだ。


「久しぶりだが、玄関はそれほど変わっていないよ。

 何か気になるものでもあったのかい?」


「いや…」


 なんとなく王子様の手をにぎにぎしてしまった。


「はは、くすぐったいね」


 柔らかい手だ。細い指。爪の先まで整っている。


 オレのゴツい手とは大違いだ。


「…」

「…」


 視線が交わり、お互いなんとなく見つめあってしまった。


「さぁ、リビングで待っていてくれ。ボクは着替えてくるよ。

 見るかい?」


「見ねーよ!」


「ふふ、リビングの場所はわかるね?」


「あ、あぁ、もちろん覚えている」


「ハンガーは見えるところにあるから、制服はてきとーに掛けてくれ」


 満足気に頷くと、跳ねるような足取りで2階の自分の部屋へ向かっていった。


 家の中に入ったら、なんとなく雰囲気は柔らかくなった?


 先程までのねっとりとまとわりつく陰は消えて、陽気ないつものアイツに戻ったようだ。


 リビングの扉を開けると、ハンガーは言う通りすぐ見つけられたが、なんとなくソファーの背もたれに上着を置く。


 三年以上訪れていなかったためか、内装が若干変わっているように見える。


 家電が新しくなっているな。


 相変わらずテレビがでかい。スマート家電が増えているようだ。というか、ほとんどそうだな。


 照明は言うに及ばず、後付けでIoT化できるものも含めて全てスマートホーム化している。


 ドアの鍵、カーテン、コンセント。


 リビングに入ったときは何も考えずにドアを閉めてしまったが、オレは恐る恐るやたら洗練されたデザインのドアレバーを回した。


 ヒヤリとした感触と共に、ドアレバーは問題なく回り、無事ドアは開いた。


 …別に閉じ込められたということはないな。


 そりゃそうだ。


 よくよく考えてみれば、久々に幼馴染王子様の家に遊びにきたってだけじゃないか。


 オレはようやくリラックスして、リビングのソファにどっかりと腰を下ろした。


 腕を広げて背もたれに寄りかかる。


 四人がけのソファーか? かなり大きい。昔来たときはこのソファーではなかった気がする。


 改めて室内を見回せば、そこかしこに懐かしい物も見てとれた。


 柱に数センチ単位で刻まれた傷は、オレの成長の記録だ。


 アイツが手づから刻み、律儀に日付まで書いてある。


 今考えると恐ろしいことをしているな。この家の柱に傷をつけるとか。


 なんか落書きが飾られていると思ったら、あれは小学生のときに描いたオレの絵だ。夏休みの宿題だったと思うが、コイツの別荘に連れてかれた時に一緒に描いた風景画のはずだ。


 画用紙に思いつくまま絵の具を塗りたくった子供らしい絵ではある。


 やたら高級そうな額縁とのギャップがすげー。


 ちなみにアイツが描いた物はなんかのコンクールで入賞していたはずだ。額縁に入れるならそっちだろうに。


 …なんで俺の絵が王子様の家のリビングに飾られてるんだ?


 その下の値段を聞くのも恐ろしいリビングボードに飾られたデジタルフォトフレームにはアイツとオレの入学式の写真が表示されていた。


 小学生の時のだな。

 ランドセル姿が微笑ましい。


 お、画像が切り替わったぞ。


 次は中学生のときだ。

 着慣れない詰襟が初々しいね。


 そういえばアイツなら有名私学にも行けただろうに、何で公立なんぞ選んだんだ?


 さらに画像が変わった。


 今度は運動会の徒競走だ


 …なぜかオレの。


 しばらく見ていると次々と画像が切り替わる。


 春の遠足。

 プール開き。

 夏休み。

 秋の遠足。

 また運動会。

 終業式。

 文化祭。

 球技大会。

 修学旅行。

 卒業式。

 ………

 ……

 …

 全部オレ。


 見なかったことにしよう。


 オレはソファに座り直してスマホをいじることにした。


 ニュースをチェックする。


 政治家の不祥事。アイドルのスキャンダル。スポーツ選手の活躍…


 ま、まるで頭に入ってこない。


 一旦落ち着こう。


 スマホを置いて深呼吸した。


 あ、そう言えばアイツ宛のラブレターどうする?


 さっきはくだらない嘘を吐いてしまったが、どっかのタイミングで渡さないと。


 さて、どうしたものか。


 渡すならメシの前か? それとも後か? 何と言って渡す?


『あの手紙はオレ宛の物だと言ったな。アレはウソだ』


 なかなか良いんではないか?


 ネタと冗談の中間くらいでちょうどよい塩梅だ。後は切り出すタイミングか。


 今のアイツなら笑って許してくれる…と思う。


 次の休みにスイーツを奢る方向に仕向けていけば、なお完璧ではないか?


 そう言えば、新しく甘味処が駅向こうのアーケードにオープンしてたな。


 洋菓子系よりも、断然和菓子の方がアイツの好みだ。


 ちょっと遠いがアイツと駄弁りながら歩けば、さぞ楽しいことだろう。


 よし! アイツが着替えてきたら一気に切り出そう。


 そんなことを考えていると、リビングのドアがガチャリと開いた。


 今だ!


「あのてが…みは…」


「やあ、お待たせしたね。

 どうしたんだい、固まってしまって?」


「お、オマエその格好は…」


「ん? ああ、部屋着はなるべく楽な物にしたくてね。それに好きだろう?

 ホットパンツにタンクトップ」


 大好きだよ!


 しかもあろうことかノーブラだ。


 制服の上からでも大きいのはわかっていたが、束縛から解放された胸はさらに存在感を増していた。


 ここまで成長していたとは!?


 つん、と上向き若干透けているような…


 形はぷっくりとしていて色素は薄く、こちらを誘っているようだ。


 い、いかん!? 視線が切れない。


 と、視野狭窄に陥りそうになっていると、細っそりとした腕で隠されてしまった。


 あぁ、もったいない…


「…はっ!?」


「流石のボクでもそんなにじっくりと見られたらテレてしまうよ」


「おま、オマ…」


「いささか刺激が強すぎたようだね」


 あらかじめ用意していたのか、手に待っていた薄手のパーカーを羽織った。


「どうしても脱いで欲しかったら言ってくれないか?

 キミのねっとりとした視線をじっくりと浴びるのもやぶさかではないよ。

 そして、羞恥に震えるボクをねぶり上げるように鑑賞するといい。

 一切の抵抗はしないから」


「そんなふうに見てねーから!?」


「さあ! キミの嬲り眼で舐め回すように見るといい、このボクを!!」


「なんだそれは!?

 いいから、悪かったから、もう勘弁してくれ」


「ふふ、そうかい?

 全くもって悪くはないんだが、まあこれくらいで良しとしておこうじゃないか」


「はいはい、ありがとよ」


「それじゃ、夕餉の支度をするので待っていてくれ」


 エプロンを纏い腰の後ろで縛る。


「…」


 タンクトップ+ホットパンツ+エプロン……パーカーを添えて


 新たな扉が開いた気がする。


「なんか手伝う?」


「今日はこちらが招待したのだからね。

 すぐに用意できるから大人しく待っていればいいさ。

 ゲームはそことそこ、スマホの充電するならテーブルのそこだ」


「サンキュ」


 指示を出すとキッチンに行ってしまった。


 移動の途中でソファーの背もたれに掛けてあったオレの制服を取り、ぎゅっと抱きしめ、匂いを胸いっぱいに吸い込み、しばらくフリーズしてから、シワを伸ばしてハンガーに掛ける。


 ま、まぁ、ものぐさなオレへの気遣いだろう。


 王子様の奇行には目を瞑るが、王子様の後ろ姿からは目を離せない。


 くびれたウエストから、きゅっと引き締まった尻までのラインに再び惑わされそうになる。


 太ももは眩しいくらいに白く艶かしい。


 ふりふり尻が揺れているのは、わざとなんではなかろうか。


 またもや変な気分になりそうだったので、オレは充電用のケーブルをカバンから取り出して、スマホを充電用ポートに接続すると、ゲームの物色を始めた。


 アイツとはオンラインでゲームをやったりするので、好みのソフトも何かあるだろう。アイツの好みをリサーチするのも悪くない。


 …あ、ラブレターの件を切り出せなかった。


 どうしよう…?

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