それは、神を表す完全数
よくいる凡人
第1話
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
夢で私はいつも、インドの寺院のようなところを1人あるいている。
その、なんとも厳格なイスラーム寺院に私はいつも1人跪いているのだ。その時私は必ずほのかに煌めいていて、本当に意味がわからない。
最初は違った。
1回目はまだ遠い、牢獄のようなところからその荘厳な白造りの建築を眺めているだけだった。にも関わらず、遂には今日。そこで跪いてしまったのだ。左右対象にに咲き乱れる花々を隣見ながら、寺院に1人足を進めていた。その時なぜか私は泣いていて、
とここで目が覚めた。
大学生になって、なんだか知らないがこのような変な夢を見ることが増えた。これは自分が興味もないくせに宗教系の学校に通い始めたことが関係しているのかもしれない。
「宗教科目の授業を始める」
先生の声が響いた瞬間、みなぴたりと私言をやめた。
ここが第一志望ではない私はこの宗教は全く持って興味の無い分野であったが、必修科目として学ばなければならない以上、周りの学生の熱気に圧倒されるのがこの授業であった。
(この学校では、一年次宗教科目が必修であった)
これは、成熟しているはずの現代人が心の隅で宗教に惹かれることの現れであるのか。自分は心の中で何処か救いを求めているのか。自分のことであるはずなのに甚だ疑問が募る一方である。
やはりというべきか、このような宗教学校はもともと学生の宗教に対する眼差しが真剣な人間が多いのか、みな宗教に対して実に好意的である。
彼ら曰く、宗教とは自分の信念の公的な文化的表現で、芸術性、連続性を帯びた崇高なものらしい。今の何の信念も持たずトレンドという名の一時的な文化を慌ただしく追いかける世人々よりも宗教の方が大変結構である。というのが彼らの言い分らしい。
その中で日本人らしいといえばらしい。
所謂無宗教のようで、クリスマス、お正月、豆まきとはちゃめちゃに過ごし何も信念も持ってないとされる私は少し異端のようで、宗教の話題の時はちょっとばかり居心地が悪かった。
そのような話題が出た時は、いつも肩をすくめて頷いておくに限る。
法の下では、宗教が是であるとも悪であるともされるべきではなく、人の思想に対して自由が謳われている。しかし、もはや文化、教育、言語という時点で人は、人の考え方が定められいる、それを洗脳と言ったらキリがないが、その中からどれが正しいのか考え続けるのが「正しさ」の一つではないかと私は思うのだが、。と、まぁこんなことをダラダラ考えても仕方がない。
きっと私の、このような宗教の捉え方も誰かから見れば偏った考え方に見えるのかもしれないのだから。
今日の授業は学校に併設されている聖堂での講演習会だった。
教団に立つ教師の顔はいつもよりも厳かだ。教壇の右横に置いてある蝋に照らされ皺が影って浮き出ている。
手に持つ教本は使い古されており、歳を重ねた手に持たれると、さながら「正しさ」そのものを本自体が体現しているようであった。
こほんと少し音が入り、背筋が伸びる。
「これより始まりますは、神が愛した物語。
一度、二度、三度と巡りまして、九と成りましたときに達せられた偉業。」
教師の重厚な声が御堂を包む。
よく通る声だ。語りが始まった。
天にまで届くような、聖歌隊が伸びやかに空間を彩る。
ぱらりとめくる本の音が人々の静寂を裂く形で鋭さを帯び耳に残った。
男が実に重々しく口を開き、祝辞の言葉をさながら唄う様に述べている。
「、。と云いますようにこれは貴方様が今から成る物語、そして、今から作る物語。数え九つの夢。いよいよ最後の砦のみとなりました。皆さま方にはご協力くださいましたこと、誠に、誠に感謝いたします。何時ぞやの泡沫の夢の体現、神が望んだ方を通しての悲願が叶う時が来たのでございます。」
余りにも崇高な響きに思わず、声を失った。
「ジャハーン様の夢、それはかのお方栄光を後世まで世に残すことで御座います。彼は息子に閉じ込められられ、星夜の檻の中でもかのお方ばかりを考えておりました。周りの色を忘れて、石畳の冷たさが体温を奪うばかりであったあの時も、花の様に笑う妻の腕ばかり思い返しておいででした」
周りは皆心地よく耳を傾けており、貧乏ゆすりをするでもなく、怠惰にしているでもなく、その清貧さを讃えたまま微動だにしていなかった。
ただそこに在る蝋燭の燈のみがゆれている。
「妻を思い返せば、それだけで幸福であった。あの方にとっては妻こそが愛であり。彼女こそが神が愛した人だったのであります。」
ふいに灯台の向こうにある顔がコチラを見た、気がした。
何となく気まずくなって隣をみるとバチっと友人と目があった。
友人は何故か頬を緩めて心から嬉しそうにこう言った。
「九回目、おめでとう」
背筋が凍る。
急な悪寒と、吐き気がする。
今日私は起きて、それから、、、
思い出せない、
私は、何で起きただけで学校にいるんだ。
「ごごめん、。今日は早退するわ」
それを聞いた皆は次々と立ち上がり、病的に叫びだす。
「九回目、おめでとう」
「九回目、おめでとう」
「九回目、おめでとう」
「九回目、おめでとう」
「九回目、おめでとう」
「九回目、おめでとう」
「九回目、オメデトウ」
恐怖から思わず、席を立って教会の外に行くために走りだした。
頭上にあるステンドグラスが永遠に自分を照らし続けてる気がする。
なぜ私を照らすのか、
いや、私が光っているのか。
何故、私はココにいるんだ。
私はいつこの儀礼に組み込まれてしまったんだ。
走るなかで、喉が引き攣り腹が痛んだ。
まだ生きたい。
なぜ、なぜ早くこの違和感に気づがなかったんだ、大馬鹿者め。
私が、異端だったからこんなことになったのか、それとも、たまたま魂とかどうしようもないことと結びつけられたのか。
あともう少し早く、
この学校にはいった時点であの猛烈な違和感に気付けていたら、、
奇妙な記憶が脳に傾れ込む。
夫と見た世界を包む様な夕焼け。
愛する、夫にしなだれがかり「後世に残る立派なお墓に入れてほしい」と願ったこと。
あまり会えない彼に望んだ刹那。
角を曲がったあと、喉が焼き切れる気がした。
立っている。
御堂を出る長い廊下の先で洋風の彫りの深い男が立っているのだ。
「九回目、おめでとう。ボクの神様」
暗転。
愛する妻という幻影を追い求め続けた、夫婦の物語が完結した瞬間だった。
女は信者の情念と、救心により死したのだ。
「9」
それは神を表す完全数
それは、神を表す完全数 よくいる凡人 @HarrisonHightower4
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