第1話 転入初日1

「……胃が痛い」

次の日の朝、僕は学校へ持って行く大荷物を少し離れた場所に置いて知り合いの優雅なモーニングティーに付き合っていた。

「あらあら、久しぶりに会う友人が居るっていうのに体調不良?」

クスクスと笑う目の前の人物をジロリと睨み付けると肩をすくめている、確信犯め。

目の前の人物は穂高ほだか未夏子みかこ先生、このくにの権力者である封黎者ふうれいしゃの一人で灯刃とうば学園の医務室担当でもある。

「貴女だって僕の転入に関わっているんですから、胃が痛い理由なんてすぐ分かるでしょうに」

「それは勿論、何ならもう既に胃薬は準備済みよ♪」

なんて簡単に言うものだから本当に確信犯である。

「それにしても氷葵ちゃん、結構落ち着いてるのね」

机の真ん中に置かれていたスリーティアーズに手を伸ばしかけていた僕は動きを止める。「…嫌味いやみですか」

「いいえ、褒めてるのよ?」

その言葉にため息を吐きながらスコーンを手に取り、頬張る。

「あら、それとも前のように隠しきっていると?」

「何も知らない癖に詮索するのやめてもらって良いですか」

普段なら聞き流せる台詞に反発的に答えを返してしまう。きっとこれも転入の影響だと割り切りながら僕はティータイムを過ごすのだった。


「冬代さんは此処で待っててね」

学園に着き、当たり前だが初めて見る先生が、事務に通してくれた。しかもソファーに座って待たせてくれるなんていい所だなぁとシミジミと思っていると、視界の端に見慣れた姿が映る。

「おはよう、氷葵ひなた

女子にしては少し低めの声、水縹みはなだ色の髪にみ空色の瞳、あまり外に出ないのもあってか肌は健康的な色より少し薄い。学校の制服のワイシャツにネクタイを締め、膝丈のスカート。そしてしっかりとブレザーを着ている。昔見たメガネとはまた違うメガネをかけているのは当たり前か。

「……おはよう、朔倉さくくらさん」

「え、前みたいに呼んでくれないの」

久しぶりの再会とはいえ、馴れ馴れしくするのも違うかなと苗字で呼べばあからさまに声のトーンが悲しそうに下がる。

そういう所は何も変わらないなと心の中で苦笑して僕は彼女に向き合った。

「おはよう、史深ふみ

朔倉さくくら史深ふみ、ただ小学校が同じというだけの顔馴染……にしては割と仲が良すぎるが。数ヶ月の間図書館で話したのが今の状況を作り出しているのか。

「ん、おはよう」

嬉しそうにニコニコとした表情を浮かべている彼女こそ、小学校からの幼馴染である。

他人が怖くて一人で図書館に引き篭もって本を読んでいた僕を色んな所に連れて行ってくれたのは史深だった。

……閑話休題、どうやら目の前の幼馴染は僕を教室まで連れて行ってくれるみたいだ。

普通こういうのは担任の先生だと思っていたので少し驚いた。

「今日、白鶴しろづる先生忙しいらしいから」

白鶴先生、というのは確か僕のこれから所属する1-3の担任の先生だった筈。

未夏子先生が優しい先生よと言っていたから大丈夫とは思うが、若干心配なのは否めない。

「さぁ、行こう氷葵。わたくしが居るよ」

「そういう所、何にも変わってないね」


片耳に付けたワイヤレスイヤホンから最近よく聴いている音楽を流す。それだけで周りのガヤガヤも多少聞こえなくなったと思う。……右横を除いて。

氷葵ひなた

一番後ろの席で本当に良かったと思う、視線が気になって仕方ない。

氷葵ひなた

……反応を返すかと右横に身体の向きを変えれば、幼馴染は首をコテンと倒した。

「氷葵、どっか行っちゃうの……?」

そんな寂しそうに呟かないで欲しい、僕は一人称のせいで誤解されがちだけど女の子。それでもあの時からずっと目の前の少女に向けた“あの心”はまだ消えちゃいない。

「何処にも行かないよ、史深ふみの話聞こうと思っただけ」

そういうと嬉しそうに顔を綻ばせるから撫でようとする手を自制する。ダメ、撫でたらいけません。

人と過度に仲良くしない、これは僕が16年間生きて来て決めた約束事だ。ずっと一緒は成り立たない、それを僕は良く知っている。

「そういえば昨日の襲撃の事、氷葵は知ってる?」

「あぁ……飲食店の」

「そうそう!」

この世界に突然侵略して来た【バイアスデル】という組織は日々何処かしらを襲撃している。

それを未然に防ぐ、若しくは被害を最小限に抑える為に動いているのがこの國の権力者である【封黎者ふうれいしゃ】だ。

封黎者は四人、その上に封黎者のトップが一人と合計五人で封黎者は成り立っている。

そしてこの世界は生まれ持った封鍵オルモスキーで魔力量が決まる。

金・銀・(白&蒼)・紅・黄色・水色・灰色・緑・紫・透明という順番だが、魔力量ってなだけで強さは関係ない。

封黎者の人は封鍵オルモスキーの色が金の人で統一されている。

僕?……僕はー……銀です、ハイ。この学年に銀って二人しか居ないらしいよ。

すると扉が開いて未夏子先生が顔を覗かせた。

「あ、居た居た。氷葵さんちょっと良い?」

…敬語の未夏子先生ってちょっと新鮮。僕は一言史深に断ってから未夏子先生に着いて行った。


1-3の教室から少し離れた所の教室、中には一人も生徒が居らず隠蔽結界が張られているのが分かった。

「どう? 魔力バレしてない?」

目の前の先生の手には金の封鍵オルモスキー、封黎者としての力を存分に使っているようだ。

「バレてませんよ、そもそも言うつもりもありません」

そして僕はポシェットに付けている銀の封鍵オルモスキーではなく、ポシェットの中に手を突っ込んだ。

「バレちゃいけないとは言わないけど情報の秘匿性は特級だから気をつけて」

「分かってます」

そして僕はポシェットの隠しポケットから本当の封鍵オルモスキー……金色の封鍵オルモスキーを取り出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る