第12話【君がいない】②
おつかれー、と口々に言い合いながら、バンドメンバーが戻って来た。
「お疲れさまです」
グリフィスが他のマネージャーと共に迎える。
「トロイさんは?」
「今来る。ファンサービスで遅れてる」
「あ~‼ 終わったー!」
「
フロアの床に直接転がった郭義明を注意する。
「だって床が冷えてて気持ちいんだもん」
「おっ。ほんとだ」
「キリオがマネするから変なことしないでください。ほら、起きて」
「いやだ。もう一歩も動きたくねえ」
「やけに疲れてますね……」
「トロイが異常なんだよ。前日のリハからの入り方が最近半端じゃねーもん。
前はもっと楽しみながらやってたけど。
いや、今だって楽しいけどさ。
あいつすごいよな」
義明が珍しいことを言った。
彼はバンドメンバーの中でも特に、あまり感動しにくいタチなのだ。
「すごいって、なにがですか?」
なぁ? と一緒に床に転がってるキリオと頷き合ってる。
「前からそりゃ凄かったけど。最近ますますエネルギーが漲ってる感じ」
一人だけちゃっかりソファの特等席で寝そべっている
「あいつなんであんな動き出来るっていうか、どっからあんな声量も出て来るんだろうな?
そんな身体特別デカいってわけじゃねえのになあ」
「どんどん凄くなってくよ」
「ただいまあ~! おつかれー‼」
トロイが入って来る。
突然、太陽が照らし出したみたいな空気になる。
「あぁ~~~~~! 楽しかった! グフィ次のライブいつだ⁉」
「次のライブの話今はするんじゃねーよ! 昼飯食ったあとにすぐ晩飯を所望するなお前は! 折角美味かったのに胃にもたれて来るだろ! 今は余韻を! 楽しむ時間!」
「なんだお前らみんな床で寝て」
「ひんやりして気持ちいいんだよ」
「ほんとか?」
「ああもう! トロイさんもマネをするからやめて下さいよっ!」
「ほんとだ! ひんやりする!」
「そんな所で寝ないで、シャワーでも浴びて来て下さい」
「グフィ、写真撮ってアルに送る。ライブ終わったって俺の携帯でメールしてくれ!
みんなで映ろうみんなで」
バンドメンバーと、部屋にいたスタッフまで集めて、写真を撮った。
「シャワー浴びたらマッサージちゃんと受けて下さいね。来月からサマーライブツアーがいよいよ始まりますし、夏バテ厳禁ですよ。
はい! 急に体を冷やさないこと!」
グリフィスが床でだらけている一人一人を引っ張り上げる。
「打ち上げ何時から?」
「一応十一時から。いいですよ、どうせ今日はこのホテルに泊まりますし、仮眠を取りたい人は部屋に戻って下さい。そちらにマッサー向かわせますし、施術しながら寝て貰えば」
「んじゃ俺そうするわ」
「トロイさんはどうしますか?」
「じゃあ俺もそうする」
おれもー、と口々に返事が返ってグリフィスは頷いた。
◇ ◇ ◇
「トロイさん」
いつも通り和やかな空気でホテルのレストランを貸し切り行われた打ち上げの最中、グリフィスは預かっていたトロイの携帯にアルノーのメールが来たことに気付き、スタッフ達と楽しそうに飲んでいたトロイに声を掛けた。
ライブが終わるまではいつもグリフィスが携帯を預かって、着信やメールがあってもトロイにとってさして重要でない要件は一切取り次がないようにしている。
だがアルノーだけは別だ。
トロイももうそれは分かっているので、呼ばれた瞬間、すぐに嬉しそうに場を外してやって来た。
携帯を手渡すとメールを見て、ちょっと話して来る、と外に出て行った。
同じ国にいることの方が少ない二人なので、トロイの送ったメールにすぐアルノーから返信が来ることは少ないが、今日は手が空いたようだ。
事務所の移籍で今大変な状況のアルノーだが、トロイとはいい相談が出来ているようで、グリフィスはジブリル・フォラントのことはもうすっかり大丈夫なんだな、と思った。
◇ ◇ ◇
「――アル?」
『おつかれ。メール見たよ。相変わらず仲いいな、君たちは……』
さっきの写真のことを言っているのだろう。声が微笑ましそうに笑っている。
『無事にライブ終わったんだね』
「うん。楽しかった!」
『私も最近君のライブ見れてないな……見たいよ。DVDはいつも見てるけど。やっぱり目の前で実際に見れるのとは違うからな』
「ほんとか?」
『うん』
「俺もお前に来てほしいぞ! 見てほしい」
『サマーライブやるんだよな、来月から……どこかで予定がつかないか、ちょっと考えてみる』
「もし予定があったらすぐ連絡入れろよな。アルなら気兼ねなくいつでも来ていいからな!
グフィは絶対いるし、あいつに連絡してくれればすぐ会場に入れて落ち着いて見れるとこ用意してくれるからな」
トロイの嬉しそうな声に、うん、とアルノーも頷いている。
『ありがとう』
「お前、確か今車の仕事でドイツだったよな」
『今ベルリンのホテルについたところだ』
「親父に会うの明日だっけ」
『うん』
「そっか。移籍の話が決まったらノルウェーの事務所も見に行くんだろ」
『事務所がお城ってすごいよね。どんな感じなんだろうか』
「確かに……」
トロイが笑っている。
「でもサンアゼールの街の話はなんか面白そうだよな。街のみんなが音楽好きで、夜な夜な音楽会開いてるなんてワクワクする」
『そう思う?』
「思う! 白夜の時期に眠らず音楽の祭典やるなんてなんかカッコイイ」
カッコイイ、というその表現にアルノーがくすくすと笑った。
『君がそんな風に言ってくれると、今回の話も前向きな気持ちで決めてみようって気になれるよ』
「そうだぞ。アル。向こうが全ての条件飲んで迎えてくれるっていうなら気にせず全部いただけばいんだよ! お前はそれだけの待遇を受ける価値が絶対あるんだから!」
沈黙が落ちた。
「そ、それに……あの親父もお前には迷惑いっぱい掛けてんだから……好きな奴いるとか勝手にばらしたり……迷惑料として正当な金なんだから、思いっきり取っとけ」
気恥ずかしいことを言った気がして、トロイは慌てて付け加えた。
『うん……。ありがとう』
アルノーが笑ってくれたのが分かった。
顔を見なくても、優しくなった声で分かる。
『じゃあ、今日は君も疲れてるだろうから、もう切るよ』
全然疲れてないのに、とトロイは思った。
仮に疲れてたとしたって、アルノーと話すなら全然元気が出る。
事務所の話はちょっと様子を聞いただけだ。
トロイは今日の打ち合わせがどんなものだったか、仕事がどういうものになるのかとか、そういうことの方がずっと聞きたい。
「うん」
『十四日に会えるの、楽しみにしてる』
アルノーはそう言って、通話を切った。
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