第7話【未来への不安】①





 それから二週間後のこと。

 出社したグリフィス・エレーラは通りかかった会社のラウンジで呼び止められた。

「おーいグリ~。見てみろよー」

「おはようございます。なんですか?」

 グリフィスを呼び止めたのは、トロイのライブで演奏を担当するバンドのメンバーである郭義明かくぎめいだった。


「今週の雑誌にジブリルとアルノーが結婚するとか出てる」


 見開きページを笑いながら見せびらかしてきた男の脳天に、グリフィスは反射的に拳を振り下ろしていた。

「オイちょっと待て……いまなぜ俺はグーでぶん殴られた……」

 郭義明の手から週刊誌を奪い取る。


 見遣ると、ジブリルの事務所独立の話がメディアにとうとう公表されたらしく、同じくアルノーの個人事務所の事業拡大の話も親会社から出たらしく、ジブリルが新しい事務所のスタッフや役員たちを集めていることから、この時期に二人に大きな転機があるので、ジブリル・フォラントがアルノーを事務所に引き抜くのでは、また、アルノー・イーシャもそれに前向きなのではないかという見方がされ、それはともかくとして何故それが「結婚秒読みか」になるのかはグリフィスにはさっぱりだったが、彼は深くため息をついた。


「こんなもの、トロイさんの目に触れたら彼が不快な思いをするでしょう。貴方が率先してこんなもの職場に持ち込まないでくださいよ」

「俺が持ち込んだんじゃない。ラウンジの棚に置いてあったんだ」

「あっても見ない」

「だってトロイのカノジョの名前が見えたんだもん」

 バッシ! ともう一発今度は週刊誌で頭をど突かれた。

「だからといって見ない! 貴方たちはあの二人のことをきちんと側で見てるんですからこんなアホな大衆雑誌見ないでください! こんなもん九割方言ってることに信憑性はないんですよ! 真実に手の届かないでも好奇心だけは一人前のそういう哀れな人種が暇潰しに読めばいいんです!

 あと誰がカノジョですか! 失礼な! 彼氏です!」

「怒るとこそこかよ……」

 郭義明が椅子に頭を抱えて蹲って痛んでいる。

「でもこの事務所独立のこととかは、別にトロイ気にしてないんだろ?」

「気にしてないのと不愉快じゃないかはまた別の問題です。貴方は自分の恋人が他の男と変な噂にさせられてるの見て嬉しいんですか?」

「それは嬉しくないけども」

「だったら分かるでしょ。こういう雑誌は絶対にスタジオやジムに持ち込まないこと。それにイーシャさんの名前が表紙に出てるようなものは特に見つけ次第排除してください。これは没収です。後で私がしっかりフライパンで炒めて灰にしておきますから」

「なにも焼かんでも……捨てればいいことでは……」

「とにかく、こういうのがトロイさんの目に入ったら嫌な気持ちになるでしょうから、そういうこと少しくらい貴方たちが気にしてあげてください」


「俺がなに?」


「よーう、トロイおはよお」

 バンドメンバーが挨拶をし合う。

「おはよ」

 トロイはすぐにグリフィスの手に丸められてる雑誌に気付いた。

 苦笑する。

「アルのことか? 知ってるよ。今日朝見たニュースでもやってた。気にしてない。でたらめなの俺が一番分かってるし」

「そうだよなあ?」

 郭義明がけらけらと笑った。


「それは分かってますけど、……まあ、あまり目にして気持ちのいいものではないでしょうから、これは捨てておきます」


「ん。……あっ! キリオ見てんの昨日の試合か⁉ 俺まだ見てねーんだ! 見たい!」

「はいはいダメダメまずは今日のミーティングしますよ」

 グリフィスが駆けだそうとしたトロイの首根っこを掴んで引きずって行く。

「あーっ! まてグフィ頼む! ちょっと待って! 試合見たい! 九十分だけ待って!」

「却下です。後にしてください。それに九十分を『ちょっと待つ』とは言いません。九分ならともかく。九分ならいいですよ」

「ヤダ! 俺ダイジェストで試合見んのキライだもん! やだやだ!」

「んじゃミーティング後です。みんなも早くしてください。配信も切って。パソコン取り上げますよ。まったく……」


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