正直者の靴屋と小人
たてのつくし
第1話
あるところに、正直者の靴屋のおじいさんがおりました。おじいさんは大変貧しく、とうとうある日、わずか一足分の革しか、買うことが出来ませんでした。それでも、明日、靴を仕上げようと、革を切って、床につきました。
さて、翌朝、おじいさんが仕事をしようと起きてみると、作業台には、昨夜切っておいた革で作られた紳士靴が一足、出来上がっておりました。それも、細かいところまで丁寧に作られた、上等な紳士靴です。
「ちょっと、おばあさん、これを見てくれや」
おじいさんは驚いて、おばあさんを呼びました。
「あらまぁ。あなた、いつ、靴を仕上げたんです」
「いや、わしではない。一体、誰が靴を作ったのだろう」
おじいさんとおばあさんは、首をかしげながらも、その靴を店頭に置くと、お金持ちの紳士が、すぐに気に入って買ってくれました。それも良い靴だと、多めにお金を払ってくれたのです。
おじいさんは、その売り上げで、二足分を靴の革を買うことが出来ました。そして、また同じように革を切ると、その日も寝てしまいました。すると、翌日、作業台には二足の立派な靴が出来上がっていたのです。
一体だれが、靴を作っているのだろう。二人は、夜中にこっそり起きて、何が起きているのか見てみることにしました。いつもの様にベッドに入り、寝たふりをしながら待っていると、やってきたのは、二人の小人でした。
小人たちは、まっすぐに革のところに行くと、靴を作り始めました。おじいさんとおばあさんは、驚きながらその様子を眺めておりました。小人達は、脇目も振らず靴を縫い上げると、帰って行きました。
ああ、そうか。そういうことだったのか。おじいさんとおばあさんは大変感動して、小人たちにお礼をしようと言うことになりました。そこで、おばあさんが、
「あなた、私があの小人たちに、丸パンを焼いてあげたらどうでしょう」
と提案しました。
「ああ、ぜひ、そうしておくれ。君の焼いたパンは、本当に香りが良くて、ふかふかで絶品だから、小人たちも、きっと喜んでくれるだろう」
おじいさんもそう言いました。
そこでおばあさんは、得意の丸パンを、小人用に小さく焼いて、籠いっぱいに入れました。その籠とおじいさんが靴用に切った革を、作業台に置いておいたのです。
その日の夜も、二人が物陰からこっそり見ていると、来ました、来ました、いつもの小人達です。二人は、すぐにパンの籠に気がつきました。何しろ、パンのとても良い香りが漂っておりましたからね。
二人は、一目散に籠のところまで走ってゆくと、パンを手に取り、香りを嗅ぎ、ぱくっと食べました。とても美味しかったのか、目と目を見合わせてにっこりしています。それから二人は、夢中でパンを三つ食べると、元気よく靴を作り始めました。靴ができあがると、食べきれなかったパンを、ポケットやシャツの胸に詰め込んで、全部持って帰りました。
それを見たおばあさんは、とても嬉しくなり、次の日も丸パンを焼き、さらには二人のために小さな服も縫って、置いておきました。
さあ、小人達はどうするかな。胸をドキドキさせながら待っていると、どうでしょう、昨日とは打って変わって、大勢の小人が、ぞろぞろやってきたのです。どうやら、ここに来れば美味しいパンがあると知って、やって来たらしいのです。
小人たちは、パンの籠を見つけるやいなや、我先にと突進しました。おばあさんは、昨日よりたくさんのパンを籠に入れましたが、それでも取り合いになっています。そのうち、小人たちは、おばあさんが小人のために縫っておいた服も見つけました。これまた、2着の服を巡って、大変な取り合いになりました。四方八方から服を引っ張るものですから、あっという間に、可愛い服がびりびりになってしまいました。
服がびりびりになっても、小人達の喧嘩は収まらず、作業台は大騒ぎ。おじいさんの仕事道具が入った箱をひっくり返し、中身が作業台の下まで散らばっても、お構いなし。その道具の間を縫うようにして、パンを手に、逃げ回る小人たち。おじいさんが丁寧に切って重ねて置いた革を、蹴散らすように走り回る小人もいます。もやは、作業台は、てんやわんやの大騒ぎです。ついには、パンを投げ合う小人まで、出てきました。
その様子を、ずっと息を殺して見ていたおじいさんとおばあさんですが、遂に我慢できなくなったおじいさんが、
「喧嘩はやめなさ~い」
と、大きな声を出してしまいました。
おじいさんの声を聞いて、それまで大騒ぎをしていた小人達が、ぴたっと動きを止めました。全員が目を丸くしておじいさんを見ています。
「わしの代わりに、素敵な靴を作ってくれて、本当にありがとう。でも、おばあさんが心を込めて作った服をやぶり、パンを投げ合うのは、許せない。みんな、ここに並んで、おばあさんにあやまりなさい」
真面目なおじいさんは、小人達を諭しました。人間の言葉が分るのか、小人たちはうな垂れて整列すると、おばあさんに向かって、次々と頭を下げました。その姿を見て、おじいさんは満足そうにうんうんと頷きました。
「それでよし、それでよし」
小人たちは、しょんぼりうな垂れたまま、ある者は、おばあさんの縫った破れたズボンの半分を履き、またある者は、片袖しかないシャツを着て、それでもみんな、手に手にパンを持って、ポケットも一杯にして、並んで帰って行ったのです。靴作りをすっかり忘れて。
そして、それっきり、小人たちは、二人の前には現れなかったのでした。だって、自分たちの姿が人間にばれてしまったら、もう、姿を見せてはいけませんからね。
正直者の靴屋と小人 たてのつくし @tatenotukushi
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