濱田からの連絡
荷物をまとめて俺たちは帰った。警察から柚木たちの家族には連絡が行っていて、一体何があったのかと家族からまくし立てられたが警察に言ったことと同じ事を言うしかなかった。娘を失った親達は犯人を憎むしかないが、すぐ傍にのうのうと生きて帰ってきた奴らがいるのが許せず激しく罵倒を受けた。彼らの気持ちを考えれば当然なのだが、その内容は正直辛かった。
結局自宅にまで電話を何度もしてきたことで両親が警察と弁護士に相談をして対応してくれた。親にも、本当の事は話せなかった。言っても理解できる事ではないだろうし、人が死んだのにトラウマを乗り越えたなどと言う気にもならなかった。
その対応のおかげだろう、熊崎家と柚木家からの干渉はピタリと止まった。今ではそこそこ大きな会社に成長した両親には凄腕の弁護士がついている。複雑な心境だが、特に柚木の両親は嫌がらせを越えた言動が増えていたので正直ありがたかった。そうした中、驚いたことに濱田の親から連絡があった。
「娘が、貴方に会いたいと言っています」
濱田は生きていた。俺たちの応急処置とすぐに救急車で運ばれたおかげだった。病院も自家発電があるので手術は成功していたのだ。ずっと意識不明だったらしい。
濱田本人からの頼みは一つ、この事を誰にも言わずにすぐに俺一人で病院に来てほしいということだった。娘はまだ錯乱気味だから落ち着いたら連絡をするので、来るのは少し待って欲しいというのが濱田の母親の願いだった。俺はそれを承諾した。
何故濱田が俺一人に来て欲しいと言ったのかは予想がつく。根津の最後の言葉を聞いていたのだろう。出血多量で意識が朦朧としていたが、あの場にいた濱田も聞こえていたんだ根津の言葉が。その事で俺にどういうことだ、と聞きたいに違いない。
ピンポン、とドアチャイムが鳴った。大学に行く為に一人暮らしをしている俺はアパートに住んでいる。おおっぴらに助かったお祝いをできないから、でもやはり生きて帰れた喜びを分かち合いたいから集まることにした。
「おお~い、マッキー開けて!」
ドア越しに叫ぶ津田。うるせえよと赤星の声が聞こえ、続いてお前が買いすぎたせいだという会話が聞こえて来る。俺はおかしくて笑った。赤星は買い物がなかなかダイナミックで目に付いたものから買っていく。どうせ目一杯買ってしまって二人仲良く大荷物を持っているに違いない。ドアチャイムを津田が足で鳴らすのはいつものことだ。
開けると赤星と津田がとても三人分とは思えない量の菓子や飲み物を抱えている。
「どんだけ買ったんだよ」
「赤星が悪い!」
「うるさい。最終的には全部なくなるだろいつも」
ジャンクフードが好きな三人だ、確かにあっという間になくなる。荷物を床に置いた二人にちょっといいかと声をかけた。
「どうした?」
誰にも言うなと濱田は言っていたがこいつらだって当事者なんだし、皆で見舞いには行きたい。津田は微妙だな、あれだけまくしたてて責めてたから濱田も会いたくないかもしれない。赤星とだけ行こうかな。
「実はさ。濱田の親から連絡きた。濱田の意識が戻ったって」
「え……」
「……そうだったのか」
津田と赤星が眼を見開いた。それはそうだろう、あの時の濱田は完全に致命傷だ。投げ込まれた時点で死んでいると思うのが普通だ。その後連絡もなかった。
「で、俺に来て欲しいんだって。まだ混乱してるから来てほしいタイミングは電話するって言ってた」
「あー、うん、そうだな。大事なことだもんな……」
やや複雑そうな津田が目をそらす。自分でも言いすぎたという自覚があるのだろう。
「でもよかった。生きてたんだな」
「そうだな。これからすげえ大変だろうけど、俺たちで支えられればいいな」
「マッキーは優しいなあ」
へらっと笑う津田も十分優しい。脇にいた赤星が不思議そうに俺に聞いてきた。
「何でお前にだけ来て欲しいんだよ」
「あ、そうだよな。俺はともかく頼りになった赤星くらい誘えっての」
二人の疑問ももっともだ。この二人は根津の言葉を聞いていないのだから。
「ああ、それはたぶん根津の最後の言葉だ。俺と濱田には聞こえたんだ。それについて話したいんだと思う」
「へえ、何て言ったんだ?」
――僕はねえ、熊崎ちゃんを殺してないよ。
「どう考えたってあいつだろ、何言ってんだ」
俺のやや怒りをこめた声に二人は静かに頷いた。
「最後の最後まで嫌がらせかよ、性格悪すぎ」
「気にするな牧瀬、何かやらないと気がすまなかっただけだろどうせ」
俺も二人の言葉に静かに頷く。あいつは死んだからどうでもいい。もう終わったことだ、考えたくない。
「濱田の病院ってどこだ?」
津田が聞いてくるので俺は教えてもらった病院名を告げた。それを聞いて赤星はああ、と何かを思い出したように言う。
「そこなら今俺のじいさんが入院中だ。病人のくせして見舞いに来いってうるせえから行こうかと思ってたけど、濱田の様子見てくる」
「え、俺も行く」
「牧瀬が行くのは俺のあとにしてくれ。当事者同士が話すと揉めるし、ただでさえ濱田はお前に後ろめたさがあるんだ。冷静に話しできるとは思えない。津田は論外だ」
「うう。まあそうなんだけどさあ」
ぼそぼそと小さく津田が反論する。そういやこいつは俺の為に本気で怒ってくれたんだった。ありがとうと言いたいが、濱田があんな状態になったきっかけでもあるのでストレートに言うのはなんだか気が引ける。俺は津田の髪をかき混ぜた。
「ぎゃー! 乱れる!」
「いつもと変わらんから大丈夫だ」
そうやってじゃれ合い始めると赤星簡単な料理を始めた。赤星は飲み屋でバイトしているのでつまみメニューが結構美味い。この間ようやく俺も誕生日が来て二十歳になったからやっと三人で飲める。二人は先に酒を飲めたんだけど、俺も、と便乗しようとしたら赤星に法律守れと怒られてた。なんつうか、変な所で真面目なんだよな。お前は母ちゃんか、とよく突っ込んで笑っていた。
その後思いっきり騒いで良い感じにまどろんできた頃、赤星と津田が楽しそうに笑う。津田はともかく赤星の笑顔なんてレア中のレアだ、明日槍でも降るんじゃないか。
「誰が槍を降らせる男だ」
あ、口に出してた。本当の事だからなあ。
「なあ、あんなことあったけどさ。また、スキー行こうな」
津田の言葉に俺は笑顔で頷く。本当に、こいつら二人がいてくれて良かった。
「のみすぎた」
「俺も」
「同じく」
「こんな見間違いをするなんておかしい。そうとう酔ってる」
「どんな見間違い?」
「目が、赤い。お前の目」
「へえ?」
「これじゃあまるで、まるで……」
「まるで、あれみたい?」
「うん、そう。あれ」
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