雪鬼の退き方は
「さあてと。いい感じにできあがってきたし、後は君を血祭りにあげて終了かな」
根津は真っ直ぐ俺を見る。何で俺、と思ったのが顔に出たのか根津は嗤う。
「君の事はさあ、だいだいだいだーいっ嫌いなんだ。一番苦しめてからぐっちゃぐちゃにしてあげようって思ってたんだよ。僕の事も思い出してくれたかな?」
凍って死んでいた柚木。天井に穴を開けて落とされた。体育館の天井に穴が開いて、腕がすっと下りてきた。同じだ、何でこんな単純な事に気づかなかった。やり口が全く同じじゃないか。
「本当、君の血筋はいちいち余計な事をしてくれる」
一歩根津が近づく。津田が立ち上がり庇おうとしてくれたが、根津に掴まれ外に放り投げられた。俺は尻餅をついたまま動けない。
血筋、ばあちゃんのことか。ばあちゃんは雪鬼が嫌いだった。家族に置いていかれて可哀想な子として認識されていたが、もし本当に雪鬼のせいで家族がいなくなったのだとしたら。その雪鬼が、今目の前にいるこいつだとしたら。
「ここまで屈辱味わわせてくれたんだ、覚悟できてるだろうね、牧瀬君?」
家族が連れて行かれてばあちゃんだけ残った。それが根津にとって屈辱だったとしたら。本当は一人残らず連れて、楽しみながら殺そうとしていたのにばあちゃんだけ残ってしまった。根津にとって計算外だったに違いない。弱い存在の人間にまんまとしてやられた。ばあちゃんは無意識に雪鬼を退けたんだ。
「大丈夫だよ、一瞬で終わらせるなんて事しないから。僕はそういうの嫌いなんだ、じわじわやるのが好きでね」
雪鬼の撃退方法はいくつかある。北の方法ではだめだが、南のやり方なら効果があるのかもしれない。当事ばあちゃんがそれを知っていたとは思えない、知っていたら俺に教えたはずだ。子供だったばあちゃんが咄嗟にすぐにできる方法。熊崎も簡単だ、と言っていた。
根津は赤星の首を掴むと同じく外に放り投げる。俺の前に立つと赤い瞳を光らせてにっこりと嗤った。その光る目と、笑顔は見覚えがあった。
「君をどうにかしたくて気が狂いそうだったんだ、どこから千切ってあげようかなあ」
記憶がフラッシュバックする。あの時、外に逃げた俺の肩を掴んだ奴の顔と今の根津の顔が完全に重なる。
ばあちゃんもそうだったに違いない。子供の力でどうにもならなくて絶望して咄嗟にできることなど俺もばあちゃんも同じ条件だったはずだ。熊崎の姿が、言葉が頭をよぎる。簡単だから、誰にでもできるから。
――雪合戦上手いんだな
――うん、子供の頃からやってたの
――牧瀬君も、どうぞ
――ありがとう。でも、なんで?
――雪鬼、避け
「よし、じゃあまずは足かな?」
俺に向って伸ばして来る腕。目は赤く光っている。俺を苦しめ続けてきた原因が嬉しそうに俺を殺そうとしている。……ふざけんな。恐怖がどこかに吹き飛んでカッと頭に血が上った。こいつがすべての元凶で、こいつのせいでばあちゃんや村の人や熊崎が。
奴に見えないようにこっそりと後ろ手で準備していたものを、思い切り顔に向けて投げつけた。しかし、根津は楽しそうにおっと、と言って首だけ避ける。運動能力は向こうのが上なのだ。
「あっはっは、惜しいね。どうやって俺を退けたか思い出したんだ」
俺の頭を鷲づかみにしてそのまま持ち上げるとワントーン下がった声でさてと、と言った。
「一度ならず二度もふざけたことしてくれた御礼だよ。ちょっとずつ自分の体が『小さくなっていく』のをよく見ててね。まずは」
そこまで言うと突然俺を放した。地面に落ちた俺はそのまま背中から倒れこみ痛みで息が止まりそうになる。根津を見れば後頭部をがっしりと押さえて苦しんでいるようだった。
「があああ!」
先ほどまでの余裕などなく、声を上げたかと思ったら激しく苦しみ出した。
「き、さまあああああ!」
顔を上げた根津の表情はまさしく鬼……憎憎しげに真っ直ぐ外を睨んでいた。睨まれた先にいたのは赤星と津田だ。二人ともすかさず根津に何かを投げる。よろよろしている津田は、それでも辛うじて避けていた。
俺はふらつきながら外に出た。身を切るような寒さに震えたが、先ほど俺が投げたものを探す。俺だって一度で当たるとは思っていない。だから目立つようにわざとああいう形にしたんだ。
すぐ近くで根津が叫んだ。顔面に当たったらしく。顔を押さえながらその場に倒れこむ。ようやく探していた物を見つけた俺はそれを握ると、根津の体に向って力の限り投げつけた。熊崎からもらった柊の葉を包んで作った雪玉を。当たった瞬間、根津は絶叫した。
雪鬼の弱点が雪玉だなんて、誰が思うだろうか。
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