変わり果てた濱田

 あまりにも突然で、一瞬の事で誰も対処ができなかった。我に返った俺は慌てて濱田を追おうとしたが、よろけた赤星が俺の腕をつかむ。津田も待てと叫んだ。


「一人で行くな」


 焦ったように津田が追いつきそう言うと赤星を立たせる。


「大丈夫かよ?」

「吹っ飛ばされた勢いで頭ぶつけた」


 顔を顰めて後頭部を摩る赤星を見て、俺は濱田を追うのをやめた。ばあちゃんを思い出したからだ。たいした外傷もなく、少しだけ頭から血を流していたばあちゃん。後で聞いたが死因はやはり頭部を強く打ったことによる脳挫傷だった。頭を打ってどうなるのか、その恐ろしさを知っていたから。


「痛むか」

「いや。濱田は」


 見渡してもどこにもいない。声もしないし走っている音もしない。しまった、完全に見失った。


「どこ行った!?」

「腕冷やしに行っただろうから水のある場所か。ここからなら厨房か?」


 津田がキョロキョロしながら言うが、赤星が小さく言った。


「外だろ」

「え」

「雪あるから。ここからなら正面玄関が近い」


 赤星の言葉に俺と津田は黙り込む。確かにそうだ、手っ取り早く冷やせるものなどそれしかない。津田はそうかな、と納得していない様子だ。


「いくらパニックでもこの状況で外行くか?」

「パニック起こした奴の心理なんて俺が知るか」

「外にまで探しにいけないぞ、危なすぎだろ」

「わかってる。探すなら中だけだ」


 二人が冷静に会話をする中、俺は早く助けに生きたくてそわそわしていた。津田がお湯だけでも持っていこうと残っていたお湯を取りにいく。しかし津田は「あ」と困ったように声を上げる。


「やべ、どうやって持って行こう」


 水を入れて熱していたのはヤカンや鍋ではない、ただの器だ。今更だがどこを掴むのか。そんな事さえ俺は意識してなかった。


「何かに移すか」


 二人のやり取りをやや焦りながら俺は見守る。こうしている間にも濱田は殺されているかもしれないのに。でも俺だけで行けば本末転倒だし根津に俺だけで勝てるとは思えない。

 二人が俺のところに駆け寄り、とにかく湯を持って行けるものを探すと言っている時だった。赤星がはっとして俺の腕を掴むと思い切り引っ張る。勢いあまって俺は赤星を巻き込む形で廊下に倒れこんだ。


 ガシャン! と大きな音がして窓が割れる。割れて初めて知った、そこに窓があると。外が暗くてまったく気づかなかった。まさかさっきの位置からこんなに近くに窓があったとは。割られた窓から冷たい冷気が入り辺りが一気に冷える。慌てて体を起こして見れば、津田も何とか反対側に避けていたらしく同じような体勢でしゃがみこんでいた。

 そして、投げ込まれたのは人だった。見間違えるはずもない、濱田だ。でも俺は見間違えそうになった。ついさっきまで見ていた濱田とあまりにも違う姿をしていたから。

 窓ガラスに頭から投げ込まれたのだろう、顔中血まみれだった。そして腕は。両腕は、なかった。まるで、両腕を引っ張られ、ひっぱられて、ちぎれた みたいな……


「ひ」


 口の中で小さく悲鳴が漏れる。何度目だ、こういうのを見るのは。一体あと何度見ればいい、誰を見ればいい。辺りが濱田から溢れる血で真っ赤に染まる。先ほどの熊崎の時と比べれば少ない、ああそうか、くびじゃないもんな、そうだよなでもうでにもふといけっかんってあるからやっぱりしゅっけつのりょうおおいとおもうんだこれこんなにながれてはまだはしんじゃうんじゃないか


「牧瀬!」

「マッキー!」


 二人の声に我に返る。そして何で真っ先にそこを見てしまったのかと自分でも不思議だ。割られた窓の外に、にこにこ笑う根津がいた。


「やあ」


 軽く手を振っている。こんな時だからこそ異様に見える人好きしそうな人懐っこい笑顔。背筋が凍る。


「悲鳴あげながら外に突撃してきたからびっくりしたあ。見たら腕火傷しちゃったみたいだから、取ってあげたよ」


 はい、と言ってぽいっと俺のほうに大きな棒状の物を二本放り投げる。それがなんなのかなんて考えるまでもない。こんなもの、ほしくない、いらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る