濱田の嘘
「津田?」
「あー、ちょっとはっきりさせておこうかなと。赤星、こっち見張り代わって」
赤星は無言で津田と場所を代わる。廊下を見張ってなければいけないので振り向くわけにはいかない。
「おーい、起きろ」
どうやら津田は濱田を起こしたらしい。せっかく寝ているのだからそのままにしておけばいいのに。そういえば濱田も俺と同じ場所出身だ、何か聞きたい事があるのかも。聞ける状態ならいいけど。
「……なに?」
「しゃっきりしろよ、雪鬼の事で聞きたいことあるから」
「え」
津田の言葉に脅えたらしい濱田が息を飲むのが分かる。一歩間違えると濱田はまたパニックだ、そんなリスクを負って何を聞きたいんだ。
「濱田ってさあ」
まあ話の上手い津田が下手こくわけないか。
「昔マッキーと同じ学校で、無差別殺人の事件に巻き込まれた一人だよな?」
え?
「え? な、なに? なに言ってるの」
「今お前が寝てる間マッキーに聞いたんだ、昔何があったのか。マッキーは仲居から雪鬼の話聞いてから脅えてるようだった。でもそれは過去トラウマあったなら仕方ないなって思える」
津田、ちょっと待て。
「そうなるとお前の態度が説明できないんだよな。雪鬼を知ってるのはまだいいけど、都市伝説にそこまでビビってるなんておかしいだろ。でもマッキーと同じ理由なら納得がいく。昔同じ経験してたなら説明つくんだよ」
いや、ちょっと待ってくれ。頭が追いつかない。
「わ、私、違う」
「熊崎に出身黙ってたのも根掘り葉掘り聞かれたくなかったから。これは俺たちに出身言わなかったマッキーと同じだな。そこまではいい」
あ、ああ……そうだな、確かに何もおかしくないよ。だって濱田の気持ちは俺が一番よくわかる。あんな経験、ずっと忘れたかった。脅えるのは悪いことじゃない、仕方ない事だ。
「俺が言いたいのは一つだけだ。謝れ」
「え?」
「マッキーに謝れよ。お前のせいで大好きだったおばあさん死んでるんだぞ。トラウマになるほど嫌な経験までしてさ」
「まって、なに いってるの」
何言ってる、何で濱田が謝るんだ。
「自分は悪くないってずっと言ってたもんな。このままどさくさに紛れて言わないだろうし認めないだろうから今言え。謝れよ」
「だから、どうして、なにが! なんでそんなこというの!」
津田の声が低い。怒っているのだろうか。初めて聞いたなこいつの怒っている声。
「さりげなさを装って必死に俺に探りいれてきてたもんな? マッキーはどこの出身なのかって。マッキーの話からしても当事は二人とも友達じゃなかったみたいだし、本人かどうか確信もてなかったんだよな。大学で俺にくっついてまわってさ、まるで俺が好きみたいな振る舞いして。そういうの罪悪感なしによくできるよ。夕方も一緒に二階でスタッフ探してる時もまだ聞いてくるしさ。お前見てると」
ああ、そうか。津田が何を言いたいのかわかった。
「吐きそう」
社交的で、明るい津田とは思えない吐き捨てるような声。濱田は何も言わない、いえない。そんな沈黙が降りてしまったから、俺はつい口にした。
「濱田だったのか、体育館最初に開けたの」
俺の言葉にしんと静まり返り、次の瞬間濱田は絶叫していた。俺が濱田の緊張の糸を切ってしまったことを今更理解する。
体育館の扉を最初に開けた奴は気の強そうな女子だった。あいつが余計な事しなければこんなことには、と思ったのは一度や二度でなかった。
スキーもできて、突然このスキーに参加すると言って、熊崎にも出身を黙っていて、雪鬼の伝説に異様に脅え、やってはいけない事を知っていた。さっき俺の顔を見て脅えて混乱したのは、ばあちゃんが死んだ後放心状態だった時と同じ顔をしていたから思い出してしまってパニックになったのだろう。
そうか、濱田だったのか。でも濱田を責めようとも思わない。当時は本当に最初にドアを開けた奴を恨んだが、大人になった今ならわかる。だってあれは仕方なかった。誰だって外から声がしたら慌ててドアを開ける。気温はマイナスで、息をするだけで肺が痛くなるくらいだったのだ。助けようとするのは当然だ。
見張っていた廊下から目を離して濱田を見れば、目が合った瞬間恐怖に顔を引きつらせて慌てて立ち上がった。しかし勢いよく立ったせいでふらついたらしい。バランスをとろうと手を伸ばしたが、思い切りストーブに両手をついてしまいそのまま上に乗っていたお湯までひっくり返した。
「きゃあああああ!」
お湯は服の上から両腕にかかった。服の上からではなかなか冷めないのでずっと熱いはずだ。その事が完全に濱田の冷静さを欠いてしまったのだろう。
叫びながら濱田は走り出した。わずかに振り返りかけた赤星を押しのけるようにして走り去り、すぐにどこかに曲がって姿が見えなくなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます