どうやって殺した?
あの熊崎を一瞬で殺した事に関してはどうしようもない。どれだけ知恵を絞っても何も浮かばないし、できる限り見張りが気をつけているしかない。……周囲を警戒していた赤星が何も気づかなかったというのに、何かに気づけるとは思えないが。
津田たちの方が静かになったので戻ると濱田は大人しくなっていた。しかしまだかなり脅えていてまともな状態ではない。しかも俺をちらりと見ると慌てて視線を逸らしそわそわと落ち着かない。
「あー……とりあえず、濱田は休ませるとして俺らは交替で見張りな」
頭をかきながら津田が少し疲れたように言った。それはそうだろう、あの状態の濱田を大人しくさせるのは至難の業だったに違いない。
「見張りは常に二人な。廊下の片方ずつを見るってことで」
俺の言葉に津田と赤星は頷いた。まず誰が休む、と聞けば津田が赤星を休ませたいと言う。その言葉に赤星は不満そうだ。
「何でだよ」
「お前が一番動き回ってるだろ」
そういえばそうだ。今までの事を思い出しても真っ先に行動してくれていた。
「牧瀬でいいだろ。疲れてそうだし」
「いや、俺はいい。世話になりっぱなしだし、赤星が先に休んでくれ」
俺の言葉に赤星は溜息をつくとわかった、と言って壁を背に座ると目を閉じる。押し問答は時間がもったいないと思ったのだろう。濱田は迷ったようにおろおろしていたが、赤星の近くで横になると膝を抱えるようにして目を閉じた。ストーブと湯気のおかげで一応それなりに暖かい。
二人が眠れるよう津田とは静かにしていたが、やがて小さく寝息のようなものが聞こえてきた。チラリと見ればどうやら濱田が眠ったようだ。眠れる状況ではないのだろうが、心身ともに疲弊しているらしく眠る事ができたらしい。
「あのさ」
「ん?」
「マッキーのトラウマ引っ張り出して悪いんだけど……その、昔雪鬼の事で嫌なことがあったって言ってたじゃん。何があったのか聞いてもいい?」
「……」
一瞬迷ったが、ここまできたら隠す必要もない。津田としても雪鬼に関する情報をもっと知っておきたいのかもしれない。赤星を先に寝かせたのも、休ませたい理由半分と俺と二人で話がしたいからというのが半分だったのだろう。俺は「いや」と口を開いた。
「子供の頃、無差別殺人に巻き込まれた。見ての通り俺は死ななかったけど、当事町に住んでた半数以上が死んだ。犯人が誰なのかはわからない。でも、雪鬼としか思えない……人では不可能に思える殺され方だった」
「……それ、俺も聞いていいか」
静かに声を上げたのは赤星だった。津田は振り向きもせず……見張っているから当然だが……苦笑したようだ。
「やっぱ寝てないか」
「当たり前だ。こんな状況で寝れるかよ」
一人寝てる奴もいるんだが……と思ったがそれは言わなかった。すうすうと聞こえる寝息は演技ではなさそうなので濱田は本当に寝ているのだろう。起こさないよう気をつけながら小声であの時の事を話した。なるべく主観を抜いて事実だけ、おかしな誤解や勘違いが生まれないように。
「気がついたら病院で両親が来てた。俺は雪の中で倒れてて手足が凍傷寸前だった。小さい診療所しかないから、東京の総合病院に移ることになってそのまま東京に引っ越した。もともと親は東京で働いてたからな」
当事は子供で親の仕事はよくわからなかったのだが、両親は起業したばかりで事業を上手く運用する事に躍起になっていた。社員はゼロ、とても子育てまで手が回らず見かねたばあちゃんが預かると言ってくれたそうだ。いつも忙しそうにしていた印象しかなくて、邪魔だから追いやられたと当時は思っていたけど。病院で目覚めた時母は化粧が落ちるほど泣いていたし、父は俺をずっと抱きしめたままもう大丈夫だと何度も背中を摩ってくれた。
東京に移った後両親は過程の時間を大切にしてくれた。離れて暮らす事がストレスとなっていた母は、全員一緒に暮らせるようになってむしろ明るくなったと父も喜んでいたくらいだ。そうして普通に過ごすうちにどんどん忘れていったのだ、雪鬼の事を。
「今の話だと、誰かに肩をつかまれて気を失ったってことか」
「たぶん」
そっか、と津田が呟く。大した情報が得られなかった事にがっかりしたのだろう。やや沈黙した事でそれを察したらしく、慌てて津田が言ってきた。
「あ、ごめんな辛い事思い出させて。ありがとう、いろいろ参考になった」
「今の話で何か参考になることあったか? 何もないと思うけど」
「あったよ。……少なくとも、一つは」
最後のあたりは明るい津田のキャラに似合わない、ワントーン下がった声だ。
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