新たな犠牲者
どちゃ、という湿った鈍い音と共に丸い物体が足元に転がった。目の前の一部足りないパーツがある熊崎の肉体からは赤い液体が噴出していた。顔に生暖かいものがばしゃりとかかり、自分が何をかぶったのか理解した。
彼女の体がグラリと揺れて、地面に向って倒れる。その方向には濱田がいた。首のない友人の体を真正面から受け押し倒される。
「え、……え?……ひぃ、あ、あ」
濱田の口から途切れ途切れの悲鳴が漏れる。そして、絶叫が辺りに響いた。完全にパニックとなった濱田は熊崎の体の下でもがいている。いくら女性の体といっても一人分だ、そう簡単には抜け出せない。津田と赤星が熊崎の体をどけてやると尻餅をつきながら濱田は後ずさる。どん、と壁に背があたるとそれにも驚いたようで悲鳴をあげた。
俺は。俺は、動けなかった。熊崎の血を顔から受けて思考が止まってしまった。同じだ、ばあちゃんの時と。目の前で人が死んで、頭が理解を拒否している。さっき熊崎は笑っていたのに、俺を気遣って。何で死んだ。何で、死んだんだ。根津か。俺たちの見えないところから何かしたのか。何で全員殺さない。
「……い、おい! 牧瀬!!」
激しく肩を揺さぶられ、俺はゆっくりと声の方を見た。顔を顰めた赤星が俺を見ている。俺が何も答えないでいると、赤星は着ていた服の袖で乱暴に俺の顔を擦った。袖は柔らかくても擦る力が強いので正直痛い。それが少しだけ俺を現実に引き戻した。
ゆっくりと振り返ってみれば、やはり熊崎は死んでいる。それはそうだろう、頭が落ちたのだから。濱田は泣きじゃくっていた。なんで、いやだよ、こんなの、助けて助けて、どうか、くまちゃんごめん、ごめんね。そんな事の繰り返しだ。友人が死んだのだから当然と言えば当然なのだが。
私悪くない、あんなことに、知らなかったから、違うの私そんなつもりじゃ
「……?」
濱田の言葉に違和感を抱きじっと濱田を見つめた。この時の俺は無表情で不気味だったのかもしれない。濱田は俺に見られていることに気づくと目を見開いて悲鳴を上げた。
「いやあああ! 違うの違うのごめんなさいごめんなさい!」
「牧瀬、こっち来い」
赤星が強引に俺を方向転換させて引っ張った。俺はされるがままだ。後ろからは津田が必死に濱田を宥めている声が聞こえる。
「濱田が落ち着くまでちょっと離れてろ。完全にお前見てビビってるだろ今」
「……ああ」
「お前も辛いだろうが、もう少し」
「辛くない」
「……」
「つらく、ない」
だって、俺は慣れてる。もう死体なんて、たくさん見た。もう慣れた、なにもつらくない。そんな風に思っていると。
ゴッ! と凄い音がして脳天に物凄い衝撃が入りその場にうずくまった。痛すぎる。顔を顰めて見上げれば、そこには赤星が何食わぬ顔で、手はチョップの形をしたまま立っていた。
「目、覚めたか」
「すげえ痛い……」
「俺だってイテエよ」
ならやるな、と言いたかったがこれが赤星なりの気遣いだ。う今の俺に変な励ましなど言うよりもこっちの方が効くと判断したのだろう。わかるが、なんか釈然としない。
「目覚めた。礼を受け取ってくれ、五割り増しでいいか」
「謹んで辞退する」
赤星はふん、と小さく息をついてチラリと濱田たちを見る。彼女はまだ落ち着いていないようだ、津田がこちらを見ながら小さく首を振る。まだ俺は向こうに行かない方がいいか。俺もようやく冷静になり、そしてようやく熊崎の現状を受け入れはじめた。
「何が起きたか見えたか」
「牧瀬は」
「俺は何も……。熊崎の顔を見て話してたはずなのに、本当に何も違和感も何もなく……く、首が、落ちた……」
「そうか。俺は根津が来ないか警戒してたから熊崎を見てなかった。見てたお前が見えなかったなら、だぶんあの二人も何も見てないだろう」
そんな殺され方をした熊崎が本当に可哀想だった。俺たちを守ろうとしてくれていたのに。一瞬だった、痛みはなく逝けただろうか……それだけがせめてもの救いだ。ちょいちょい、と指で赤星を招く。濱田に聞こえないように小声で言った。
「さっき、濱田が言ってただろ、私は悪くないって。あれどういう意味だろうな。雪国出身なのも熊崎に黙ってたみたいだし」
「さあな。少なくとも今はそれを聞けるタイミングじゃないし今はいい。根津と、今晩どう過ごすかだ」
そうだ、さっきのは一体なんだったんだ。もしあんなふうに殺せるのなら何ですぐに俺たちを殺さなかった。嬲って遊んでいるのか? そういえば柚木の時も芸術品みたいだの遊びだの言っていた。弱者をいたぶるのが好きな奴なのだろう。最悪だ。
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