雪鬼、なのだろうか

「おい、しっかりしろ」


 赤星に強く肩を揺すられてはっとする。見ればやや不機嫌そうな、赤星特有の心配している時の表情を浮かべて俺を見ている。津田も眉を下げて、泣き出すんじゃないかと思うほど落ち着かない。


「大丈夫か。あ、いや、大丈夫じゃないよな……」


 二人ともじっと俺が落ち着くのを待ってくれているようだった。自分達だって落ち着かないだろうに、こんな状況でも人の心配をしてくれるのか。そう思うとすっと心に静かに風が吹いたように凪いだ。


「ああ……」


 俺は皆に心配させっぱなしだ。怖いのは全員同じなんだ、こんな所でビビっている暇はない。あまり考えたくないが、アレについて考えなくては。


「とりあえず、暖を取れる場所に移動しよう。そこでいろいろ……整理しないと」


 俺の案に全員頷く。他の客達に一緒に来ないかなどと言うつもりはなかった。今自分達だけで目一杯だった。広間は死体が転がっているし、どこか部屋に入ると「何か」あった時に対処がしづらい。結局すぐに移動できそうな一階の廊下という事になった。広間にあったストーブを一つ持ち出して暖をとりながら情報を整理した。


「まずさ……あの、根津ってナニ?」


 津田が言いにくそうに言う。それはそうだろう。はっきりと言わなかったが、本当に人間? と続けたかったのがわかる。黙り込んだ中、濱田がポツリと口を開いた。


「……アレみたい、仲居さんが話してた雪鬼とかいうの」

「は?」


 何を言っているんだ、と言いたげな赤星が声を上げれば濱田は強い口調で叫んだ。


「だってそうでしょ!? どうやったらあんな殺し方できるの!」


 あんな殺し方、と言われてどの殺しだろうと思ったが口には出さなかった。今濱田は明らかに通常の精神状態ではない。当然だ、こんな状況誰だって混乱する。それにおそらく、首が反対方向を向いた人の事を言っているんだろうと思う。


「雪の日に人間に襲い掛かるんでしょ!? まんまじゃん!」


 そんな伝説だっただろうか、少し違うんじゃないか。仲居は確か「雪鬼が訪ねてきたら粗末に扱うな」とか言ってなかったか。


「どうするのこれ、どうやったら助かるの。外出てもここにいても殺されるんだよ……」


 もうやだ、と座りこんで膝を抱えた。声は震えていて泣きそうなのがわかる。熊崎が宥めるように肩を抱いて大丈夫だから、と根気よく励まし続けている。

 少しだけ、だが。ほんの少し、違和感があった。昔雪鬼を思わせる怪事件に巻き込まれた俺が脅えるのは無理もない。しかし濱田は雪鬼の話を昨日聞いたばかりなのに、この状況を雪鬼に当てはめている。その事が小さく引っかかった。


 確かに人間業じゃないと思う。あれがたった一人の手で、リアルタイムで行われたのなら化け物でもない限り無理だと思うだろう。でも普通トリックや共犯者の存在を考えて、いかに人間が起こした事件なのかと思うはずだ。あの時玄関にいたのは根津じゃないかもしれないし、複数人いれば広間の客を手分けしてどうにかできるかもしれない。走り去ったのは犯人じゃなくて客の誰かかもしれない。

 例えば夏に海水浴に出かけて、この海には人魚が出るんですと言われて溺死した奴が出たら人魚の仕業だと思うだろうか? 離岸流か、酔っ払いを考えるだろう。不健康そうな人なら突然の心臓発作かもしれない。足が突然つって溺れたとか、調子に乗って少し深いところに行ってしまったんだろうとか現実にありそうな事を考えるはずだ。


 異様な状況ではあるが、雪鬼だと言いはじめた濱田の言動に逆に俺は冷静になった。そうだ、そう簡単に雪鬼がいてたまるか。だいたいここは俺の出身地じゃないはずだ。濱田は……なんだろう、気が強そうに見えて実はビビリなんだろうかと思ってしまう。

 とにかくこの状況を旅館の外の人に知ってもらう必要がある。外に直接助けを呼びに行くのは不可能と考えていい。では旅館からというと電話くらいしか道具がない。さきほど携帯は通じたので警察や他の旅館などに助けを求める事はできると思っていたが、ネットで調べたこの辺り一帯が停電の為ほとんど電話が通じない状況だった。なんとか警察には通じたのだが、通報が多数あり今すぐ向えないが必ず行くという返答だった。スリップ事故が多発した事と信号が止まっているので交通整備に追われているらしく対応が追いついていないということはわかる。わかるが、タイミングが悪すぎる。

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