悪夢再び
ドン、と大きな音が広間から聞こえた。続いて人の悲鳴。広間にまだ残っていた人が数人いたはずだ。すぐに広間から走り去っていく足音が聞こえてきた。赤星が俺の持っていた懐中電灯をひったくると広間に走る。情けない話だが、俺は完全に足がすくんで動けなかった。津田が俺を頼むと叫んで赤星を追い、濱田と熊崎が駆け寄ってきた。
「牧瀬君、大丈夫!?」
放心している俺を軽くゆすりながら濱田が聞いてくる。熊崎も心配そうだ。
「あ……わるい……だい、じょうぶ」
「顔色悪いよ、しっかり」
熊崎の言葉に俺は自分の頬を軽く手で叩き、もう一度しっかりと大丈夫だと答えた。そうだ、しっかりしろ。二人に目配せをして三人で広間に向った。部屋に入ると赤星が柚木の真上を懐中電灯で照らしている。
「赤星?」
「穴開いてる。ここから柚木を落としたんだ」
「え」
上を見上げれば確かに人ひとりが通れそうな穴が開いていた。しかしここは一階だ、上に穴が開いていても二階に続いているだけのはず。すると津田は静かに言った。
「さっき二階を見て回った時、人は探したけど戸締りまでは見てない」
当然だが二階にも三階にも窓はあるし非常口もあるだろう。そのどこかをあらかじめ開けておけば再び入ることなど簡単だ。
「さっき、走っていった音って……」
俺の言葉に誰も返事をしない。誰かが入ってきたと考えるのが自然だ。そして誰が入ってきたと考えるまでもない。
「部屋、出るぞ。あんまり回り見るな」
赤星が固い声で言うと同時に前を照らしながら歩き出す。暗くてよく見えないが、さっきまで広間にいた人たちと思われる物体が多数横たわっているのはわかった。どんな状態か、なんて見る気が起きない。柚木をあんな風にした根津が入って来たのなら、つまりはそういう事だ。さっき悲鳴も聞いている。
俺と根津が会話をしてものの数秒で玄関から広間に通じる二階に移動し、わざわざ穴から降りてきてその場にいた人たちを「黙らせた」根津。とてもじゃないが普通の人間ができる事ではない。移動時間が馬鹿みたいに短すぎる。あの時玄関にいたのが根津以外の人でない限り不可能だ、人間には。
雪の中、開けてくれと催促する声。伝説のままだ、そしてあの時と同じ。ああ、どうしてなんだ。あの時あんな経験をして、もう時間も経って、場所も環境も違うのになんであの時と同じような……。頭の中はそればかり考える。
ぼんやりと顔をあげれば、他の客はやや混乱している様子が見て取れる。死体が落ちてきたことにもそうだが、広間で聞こえた悲鳴も気になっているようだった。広間に様子を見に行ったらしい年配の女性が悲鳴を上げながら戻ってきて、死体が、死んでる、みんな、と途切れ途切れに言う。広間に死体が一つあるのはここにいるほぼ全員が知っているが、それから更に増えた事を伝えて来る。ようやく周囲の人間が理解すると年配の女性が外に飛び出したのを皮切りに次々と客が外へと飛び出していった。
ガチャン! という激しい衝撃音がするとともにガラスがあたりに飛び散った。少し離れていたからよかったものの、近くにいたらガラスを頭からかぶっているところだった。割れたのは扉だ。外から何かを投げ込まれ、ガラス戸を破ってきたのだ。一気に外から冷気が入る。風はないにしても外と中の温度差に余計に寒く感じた。
「ひいい!?」
周囲にいた人の悲鳴が耳の奥に響く。当然だ、扉をブチ破るほどの大きくて重い物がそこに転がっているのだから。最初に外に飛び出した年配の女性だった。ガラス戸にぶつかった時に切ったのだろう、血だらけだ。その程度なら大した怪我ではないのだが、一目でその人は絶命しているのがわかった。首が百八十度正反対の方向を向いているからだ。カッと目を見開きだらりと舌が出ている。
外に出れば、こうなるよ。
そんな事を言われている気がした。さっき中に入ってきたはずなのに何故。ああ、二階から飛び降りてきたのか。中にいれば襲われるし、外に出ても襲われる。一体どうしろっていうんだ。大人しく殺されればいいのか。
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