本性をあらわしたモノ
「貸せ」
赤星が俺から電話を取ろうとしたがそれを遮って俺は電話に出た。
「……もしもし?」
『あ、良かった出てくれた』
聞こえてきたのは明るい声。昼間ラウンジで話したままの気さくなしゃべり方だった。こんな状況だというのに。
『ごめんね、メールとか電話とか貰ってたのに。携帯の傍にいなかったから』
「そう、だったんですか」
『いやあ、俺が携帯ばっか気にしてるのが柚木ちゃん気に入らなかったみたいでさ。そんなのいいから、って携帯外にポイって放り投げられちゃって今ようやく見つけたんだ。鳴らしてくれてありがとう、見つけやすくなった』
ということは、やはり二人は戻ってきていたのだ。受付の記録に書かれていないところをみると仲居たちがいない時に通ったのか。俺は深呼吸をして、震えそうになる声をなんとか抑えて努めて冷静に言った。
「根津さん……柚木は?」
その言葉に赤星たちにも緊張が走る。俺は耳を済ませた。
『柚木ちゃん? ああ、彼女ね』
はは、と小さく笑う。なんでもない事のように笑うので、旅館に戻ってすぐに別行動したからわからないよ、とでも言いそうな雰囲気だ。いや、そうであってほしい。
『君、さっき見たじゃないか』
その声に俺は何も言えなかった。たぶん恐怖で顔面蒼白だっただろう。
『いやあ、具合悪いふりして旅館に戻りたいとか言うからついてったら部屋に入るなり抱いて欲しいだもんね、人の携帯外に投げ捨てるから頭にきて思わず。しょうがないから他の遊びに切り替えたよ。なかなか凄かったでしょ?』
遊び。女遊びという意味ではない事はもうわかっている。頭にきて思わず、という言葉がやけに静かに頭に響く。―頭にきて、思わず、何を。
『ところでさ』
手が震える。息が速くなる。泣きたい、恐怖で頭がどうにかなりそうだ。
『開けてくれないかな?』
その言葉と同時に閉まっている旅館の出入り口からコンコンと叩く音が聞こえた。その音に俺はビクリと体が跳ねて思わず持っていた携帯を落としてしまう。俺の尋常じゃない様子に赤星たちは音のする入り口を振り返った。入り口は丁度人の立つ高さのあたりまでが磨りガラスになっていて、姿は見えないが向こうに誰かが立っていればすぐにわかるデザインとなっている。外は暗いはずなのに、何故かぼんやりとシルエットが見えた。背の高い肉付きのいい影が入り口の前に立っているのがわかる。片手は耳に持ってきていているので携帯でしゃべっているだろうという事も見て取れた。
『おーい、聞いてる? あーけーてー』
落とした携帯と、入り口の向こうから同じ声が聞こえて来る。トントンとノックする音もはっきりと。
「え、根津さん?」
濱田が懐疑的な目を入り口に向ける。会話が聞こえていない濱田からすれば、何故根津は外にいるのかと思っているのだろう。ついでに柚木と一緒にいない理由を聞きたいはずだ。どこで何をしていたのか、と。入り口に近寄る濱田に俺は叫んでいた。
「開けるなぁ!」
俺の絶叫に濱田は驚いた様子で立ち止まる。俺の声に驚いたのは他の客も同じで全員が俺を見た。トントン、と扉を叩いていた音はなくなり急に静かになる。
『へえ……開けてくれないんだ』
電話と外から聞こえる声。そこには先ほどの気さくな雰囲気はなくなっていた。先ほどとは違う意味で楽しそうなどす黒い含みのある声。やばい、と思ったがもう遅い。
『じゃあ、他の場所から入るからいいや』
その言葉に俺の背筋が凍る。他の場所。他の場所って言ったか今。俺が何も答えないのは恐怖からだとわかっているようで、くすくすとおかしそうに笑い声がする。
『さっきのプレゼント、どこから降ってきたと思ってるの? 懐中電灯手に入れたなら上を照らしてみれば』
そう言うと通話が切れる。はっとして扉を見ればもうそこには影がない。それよりもさっきの根津の言葉、まさか、まさかまさか。
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