変わり果てた姿の……
「どうしたんですか!」
聞こえるように大声で言えば、近くにいた人がビクリと体を震わせて振り返る。
「ああ、あれ……!」
震えながら指差されたが暗くてよく見えない。不信に思って近づき見やすいように携帯のライトを使って光をかざすと、指差されているものの正体をはっきりと捉える事ができた。そして、見てしまった事を激しく後悔した。
「あ?」
我ながらマヌケな声が出たと思う。声と言うよりは吐息となって漏れたと言っていい。そこに「あった」のは、柚木と思われる「もの」だった。顔は柚木だからはっきりと柚木だと言える。
しかし「それ」は愛嬌のある柚木の顔とはかけ離れていた。表情はなんでそんな顔なんだと言いたくなる位酷いものだった。目を見開いて口を大きく開けていて眉間には皺が寄っている。恐怖か絶望か苦しみか、そんな表情だった。その状態で止まっているのだ、表情が。……何せ、凍っている。
何故か服を身につけていない柚木は顔を含めて全身が雪まみれで凍っていた。何故凍っているかわかるかというと、関節が変な方向に曲がった状態で不自然に固まっているからだ。四つん這いになっている状態でひっくり返ったとでも言えばいいのか、手足は宙を彷徨ったまま固まっている。しかし手首と足首はあり得ない方向に折れ曲がっていて、そのまま固まっていた。そんな柚木は雪と同じくらい肌が青白かった。血の気がなく一目で死んでいるのがわかる。
無言のままその場に座りこんだ俺を見た他の連中が駆け寄り、それを目の当たりにした。濱田と熊崎は悲鳴をあげ、赤星は無言、津田は「へ?」とマヌケな声をあげていた。
「降ってきたんだ」
近くにいた客の一人が震えながら言った。聞き間違いかと思って俺は聞き返す。
「降って……え? なに?」
「だから、降ってきたんだ! 上から!」
言われて上を見るが暗くてよく見えない。
「なんで……なんで、柚木いいい!」
泣き叫ぶ濱田に熊崎が震えながらしがみつく。その声を聞いた客の一人が聞いてきた。
「知り合いなのか」
「友達です……一緒に来てて、今日は別行動して……」
呆然となりながら答える俺の横で赤星が着ていた上着を脱いで柚木にかける。
「赤星……」
「こいつだって、これ以上こんな姿見られたくないだろ」
いつものようにそっけなく言ったが、声は何かを堪えるように低い声だった。それを聞いて津田も着ていた上着をかけてやる。変な格好で固まっている柚木には赤星の上着だけでは全身にはかからなかったのだ。
赤星はへたり込んでいる俺の腕をつかむと立たせてくれた。そして、小さく行くぞと言う。
「行く……?」
「ずっとここにいるわけにはいかないだろ。さっき風呂に行った旅館に行く。警察も呼ばないといけないし」
「え……あ、そっか」
泣いている濱田と青褪めている熊崎を津田が促し、俺たちはゆっくりとその場を離れる。他の客も慌てて外に出る準備を始めた。その時俺はふと思いたち、赤星に声をかける。
「ちょっと待っててくれ、スタッフルームから使えそうなもの持って来る」
「なんだ?」
「なんだって、そりゃお前と津田の上着になる物だろ。その恰好で出たら死ぬぞ。あと懐中電灯とか」
「あ」
忘れてた、という様子に俺はこんな状況だというのに苦笑する。こいつでも抜ける事があるんだなと思ってちょっと安心した。いや、こんな状況だ。パニックにならず冷静に対処をしてくれたが内心穏やかじゃないのは確かだ。
俺は受付の後ろにあるスタッフルームに行く。非常用と書かれたボックスから懐中電灯を見つけることはできたが、上着は見つからなかった。もたもたしていられないので懐中電灯だけでも儲けものだと急いで戻る。もう少し探して二人の防寒具を見つけてこなければという時に俺の携帯から着信音が響いた。
電話を取り出し俺は固まる。コールしている表示は、「根津」。俺の様子に気づいた赤星と津田が携帯を覗き込んで険しい表情になった。さっき外で鳴っていた携帯からかけられているのは間違いない。
柚木が死んで、完全に忘れていたが根津はどこに行ったのだろうかと今更に思う。この電話、本当に根津なのだろうか。
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