消えた旅館の人たち

「他の旅館は大丈夫なのかな?」


 濱田の疑問は最もだ。この旅館の状況がどのくらい危機的なのかはわからない以上他を宛にする方が利口だろう。しかし状況はそう変わらないと思う。


「いや、送電線がやられたならこのあたり一帯が停電だろうな。まあ雪国だし他の旅館も発電機あるかもしれないから、せめて風呂入れるところ探そうか」

「そうだね、賛成」


 俺の言葉に濱田と津田、続いて赤星と熊崎も頷く。それを旅館の人に伝えると一番近い旅館と立ち寄り温泉の場所を教えてくれたので、せめて汗は流そうと全員で外に出かけた。再び雪がどんどん降ってきていて、長く外に出るのは危ないかもという事で風呂だけ入ったらすぐに戻る事にした。戻る時積もりすぎて身動き取れなくなったらシャレにならない。


「う~、せっかく暖まったのにすぐに手足冷えてきた……」


 やや猫背になりながら濱田がぼやく。仕方ない、近くの温泉だけでも片道三十分はあるのだ。雪の中を歩くのも結構大変なのでふたたび少しだけ汗ばんで来る。それでもスキーやった後の汗だくよりはマシだ。

 歩いていると、熊崎がふと立ち止まって生えていた植物の葉を一枚プツンと取る。葉は棘のようにギザギザした形をしている。


「柊?」


 俺が聞くと熊崎は小さく頷いた。


「お守り……」

「ああ、魔除けだもんな」


 柊は節分の時にも飾る鬼よけに使う植物でも有名だ。熊崎はもう一枚葉を取ると俺に差し出す。


「牧瀬君も、どうぞ」

「ありがと」


 小さく笑い受け取って、少し眺めてからポケットにしまった。俺が受け取った事が嬉しかったのか、熊崎は口元に小さな笑みを浮かべる。


「でも何で?」


 確かに良くない事があったが、魔除けの植物を持っているほどのことだろうかと思い聞いた。熊崎は視線を彷徨わせた後、ポツリと呟く。


「……雪鬼、避け」


 そっか、とだけ呟いた。どうしてこう、昨日から俺の古傷は抉られていくのか。


 宿に着くとあれ? と津田が呟く。さっきは旅館の人がバタバタと走り回っていたのに入り口は薄暗く静まり返っていた。広間の方にいるのかなと思い行ってみると他の客が不安そうにしていて、俺たちを見ると数人が手探り状態で近づいて来る。何せ電気が落ちているので部屋の中は暗いのだ。


「あんたら今来たのか」

「一度戻ってさっき風呂入るために外に出たんです。どうかしました?」

「ここにいてくれって仲居たちが言ったから集まったんだけど、旅館の人がいなくなった」

「え?」


 聞けば最初は忙しそうに対応していたが、少しずつ減って行って「ちょっと様子を見てきますね」と言って離れた仲居が帰らない。おかしいな、と他の仲居が見に行くとその仲居も戻らない。そうして順番に戻らなくなり、最後に女将さんが探してきますと出て行って戻らないらしい。おかしいと思い客が手分けをして探したが旅館の中には旅館の人間を見つけることはできなかったそうだ。

 俺たちも今戻ったばかりだが旅館の人間は見ていない事を告げるとその場の空気が変化する。おかしい、何があったんだ、普通じゃないという雰囲気だ。それは昔を思い出させて胃がひくりと疼いた気がした。


「俺見てくるよ」


 じっとしていると落ち着かなくて思わずそう言った俺の言葉に赤星と津田が賛同し、三人で手分けをして旅館内を探す事にした。濱田たちも手伝うと言い、何かあっては困るからと濱田は津田、熊崎は俺と一緒に行動をする事になる。旅館は三階建てなので俺達が三階、津田たちは二階、赤星は一階を探す事にする。

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