根津さん

 昼はラウンジの温かい麺類を食べ、しばらく談笑していた。濱田と熊崎は最終的には鬼ごっこと雪合戦を混ぜたような遊びをしていたそうだ。意外にも熊崎のコントロールが抜群で濱田のボロ負けだった。子供の頃から雪合戦ばかりしていたらしい。そこそこ雪の積もるところに住んでいたのだということがわかる、スキーができるわけだ。

 それから少しして濱田たちは柚木を探しに行った。丸一日放置でもいいが、後で何かトラブルがあっても嫌だ。するとすぐにご機嫌な柚木を連れて戻ってきた。どうやらナンパ男がかっこよかったらしく、良かったら今日一緒に滑らないかと言われ約束してきたそうだ。内心ガッツポーズをしたのは全員同じだったと思う。

 えー、でも皆と来てるのに悪いかなーって、と迷っているようなそぶりを見せ赤星の眉間に皺が寄るのが見えた。落ち着け、今お前が何かしゃべると元も子もなくなる。

 ここで好きにしろと言えば柚木は機嫌を損ねて本当に俺らと別行動するだろう。濱田達や来れなかったという子に影響があるだろうし、やはり一応皆で来ているのだからそういうのは避けたい。かと言ってここで引き止めれば余計に面倒くさい、どうしたものかと考えていると。やあ、と声をかけてきた男がいた。柚木は満面の笑顔で振り返り、ああ、例のナンパ男さんかと全員が理解する。


 第一感想、むちゃくちゃかっこいいこの人。柚木が落ちるわけだ。根津と名乗ったその人は学生ではない、おそらく二十代半ばだろう。社会人というステータスも柚木には魅力的だったのだろうと思う。少し話をすれば柔らかい口調、優しい笑顔でかなり社交的な人だった。本当は友人と二人で来る予定だったが、友人が急用で来れなくなり一人で来たとか。


「いや、怪しい人と思われても困るから一応ね。午前中はずっと一緒にいたから気を悪くしたかなって」


 大人な対応だ。でも女の趣味は悪いですねと喉まで出掛かったが言わないでおいた。柚木も今は十枚くらい猫をかぶっているがすぐに本質が見えてくるはずだ。それからの対応はこの人が自分で決めれば良い。


「いえ、こちらこそお気遣いありがとうございます。柚木だけ初心者なのに皆好き勝手滑ってしまって、いやな思いさせてしまったので」

「本当だよ! もう!」


 何故俺が責められる……と思ったがもういい。濱田と赤星の目が完全に据わっていて怖いからもう何も言わない。どうかその目が柚木に向けられているのであって、俺ではありませんように。


「そっか、柚木ちゃんは初心者か。じゃあ俺が教えようか? 一人でぼーっと滑ってても飽きちゃうから丁度良かった」

「ええ~? ホントですかぁ?」


 このとき俺は根津さんが神様に見えた。よろしくお願いします神様。


「柚木、どうする?」


 答えなどわかりきっているが、ここはあえて柚木に選ばせる。そうすればもう後腐れも何も無い。


「えー、じゃあ私根津さんと一緒に滑ろうかなあ。みんなの邪魔しちゃ悪いし」

「はあ、もう本当にさあ。いいけど、迷惑かけないでよ」


 濱田がそう言ったのはわざとだ。バンザイと喜ぶわけにもいかないので一応のポーズだろう。根津は一応何かあった時のためにと自分の電話番号を教えて。待ち合わせの時間と場所を決めて、それぞれまた自由に滑りに出た。

 午前と同じで思いっきり滑りつくし、待ち合わせの時間になったのでラウンジに集合したが二人は来ない。すると俺の携帯には根津さんから、濱田の携帯には柚木からメールが入っていた。根津さんも俺たちと同じ宿に泊まっているので二人で一緒に先に戻るとの事だった。柚木が少し具合悪くなったからとは書かれていたが、そんなの噓に決まっているのは俺でもわかる。

 しかしおかげで俺たち五人は凄く盛り上がりながら過ごす事ができた。口数の少なかった熊崎もようやく会話に混ざるようになり、濱田も肩の荷が下りたように楽しそうだ。俺も今朝の事など忘れて大盛り上がりで宿に戻った。

 しかし、宿に着くとバタバタと仲居さんたちが走り回り、いかにも何かありましたといった風に慌しかった。戻った俺たちを見た受付の人が駆け寄って来る。


「大変申し訳ありません、少々トラブルがございまして」

「何があったんですか」

「昼前に雪の影響で停電が起きたのです。送電線が切れたそうですが……こういう事態のために自家発電があるのですが、発電機が壊れていて電気が供給されないのです」

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