牧瀬のトラウマ

「起きろ!」


 強く揺さぶられて俺は目を開く。悲鳴を上げなかったのが不思議なくらいだ。心臓が激しく鳴り息も荒い。心配そうに覗き込んでいる津田と赤星を見て、ようやく今のが夢だった事に気づいた。ああ、そうだ。俺は今スキーに来ていて、初日を終えて眠ったのだ。ようやく思い出し、安堵する。


「大丈夫かよ? なんかスゲー苦しそうだった」


 津田がオロオロと聞いてくる。無理も無い、あんなにリアルに昔の事を夢で見たのは久しぶりだ。ゆっくりと起き上がり額の汗を拭った。


「いや……悪い、大丈夫だ」

「お前今どんな顔して言ってるか鏡見てみろ」


 眉間に皺を寄せて赤星が言う。機嫌が悪いのではない、こいつなりに心配しているのがわかる。


「いやマジで。体調不良じゃない。……夢、悪夢。子供かよって話だよな……」


 津田が水を持ってきてくれた。それを俺は一気に飲み干す。改めて周囲を見れば、時計は五時前を指している。丁度朝方だったから二人とも起きたのだろう。というか、俺が煩かったから起きたのかもしれない。


「……。俺、何か言ってた?」


 そう言うと二人は一瞬黙ったが、赤星が静かに告げる。


「言葉はない。ただ苦しそうに呻いてた」

「マジか。絶叫とかしてなかった?」

「叫ぶような夢だったのか」

「まあ……夢の中ではぎゃーぎゃー言ってたから」

「そんな声上げてたら殴り起こしてる」

「ひでえ」


 ちょっと笑った。煩いという意味で殴るのか、今すぐ起こしたくて殴るのかは知らないが優しく起こせないのが赤星らしい。……と思ったが、起きろ、と体をゆすってくれたあの声は赤星だ。


「心配かけた。大丈夫だ」


 そう言うとようやく二人は一息ついて立ち上がりカーテンを開ける。相変わらず雪なので太陽の光はない。それでも雪の様子はよく見える。昨日ほどではないにしろ、今日もよく降っている。


「ま、今日はめっちゃ滑る予定だしマッキーもそれで気分転換しようや」


 津田が明るく言う。そうだ、昨日あまり滑れなかった事もあるから今日は思いっきり滑る予定だった。こ朝食は七時からなので身支度だけ整える事にした。着替えようかと思ったが何せ今の俺は汗臭い。


「風呂いってくるわ」

「おー、行ってらっさい」

 津田たちは残って着替え始める。部屋を出たところで丁度仲居が通りかかった。

「あ、お客様これから温泉に?」

「あ、はい」

「申し訳ありません。雪の影響でちょっとポンプの調子が悪くて……」

「え、入れないんですか」

「大変申し訳ありません。こんな場所ですから自家発電も予備電源もございますので、今担当者が確認中です」


 それなら仕方ない。すぐに部屋に戻り二人にそれを告げた。まさか丸一日使えないわけではないだろうから問題ないとは思うが朝は入れなかったのは残念だ。せめて体を拭こう。

 気を取り直して思い切り遊ぼうと準備を整える。吹雪ではなかったので普通にスキー場に行く事ができ、とにかく思いっきり滑ろうと盛り上がった。今時はスノーボードが多いが俺も赤星も津田も全員スキーだ。雪国では普通に体育の授業にスキーがあるので子供の頃からスキーには慣れている。津田と赤星も昔からやっていると言っていたので、親がスキーやっているか祖父母あたりが雪国の人なのかもしれない。その辺りはあまり詳しくは聞いていない。お前はどうしてスキーできるんだ、と聞かれるのを避けるためその話題を俺から振ることはしなかったのだ。女性陣はちゃんと来た。ただしそこに柚木はいない。


「柚木は」

「さっきナンパされてご機嫌でついてった。アンタらは滑ってくれば、って言われたから遠慮なく滑りに来た」


 やれやれ、と言った感じで濱田は肩をすくめる。


「いやほんとごめん。柚木のせいで空気悪くなってるのはわかってる。本当は私とクマちゃんと、もう一人別の子が来るはずだったんだ。でも急にこれなくなったから私が行くって柚木が言い始めて」

「そうだったんだ」

「もうぶっちゃけて言うけど、柚木って牧瀬君狙いなんだよね。だからごり押しで来たんだよ」

「へー……へ?」


 俺狙いと言われて一瞬目が点になった。しかし津田と赤星は声をハモらせる。


「知ってた」


 知らなかったの俺だけかよ。柚木って見かけるたびに違う男と一緒にいるから男に不自由してないように見えるんだけどな。


「でもナンパにはついてったから、牧瀬君のことも本気じゃないと思う。たぶん顔が好みなだけだよナンパ男と良い感じになればもう寄ってこないと思う」

「お気遣いどうも」


 そうであってほしい。正直柚木は俺の好みの範疇外だ。なるほど、どおりで柚木は濱田や熊崎と違うタイプの人間なわけだ。この二人にとっても友人と呼べる存在ではないのだろう。恐ろしく空気が読めない奴だと思っていたが、読む必要がないのだ。自分の好きな事をしたいだけなのだから。


「というわけで、改めてスキーを楽しもう!」


 笑顔で言う濱田に全員で賛成、とハイタッチをした。俺たち男三人は上級者コース、濱田と熊崎は普通に滑るらしい。今更だが本当に滑れないのは柚木だけだったわけだ。この五人だと面白いように遊び尽くせた。

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