十年前ー7 そして、肩を掴まれる
一周周りきると、音が止む。みんな固唾を呑んで意識を集中していた。またどこからか聞こえて来るのか、それとももう聞こえた来ないのか。ドン、という鈍い音がした。それは予想を超えるとんでもないところから聞こえたのだ。俺たちの真上。つまり、屋根から。
どうやって上った、え、無理だろ、梯子もないのに、この雪の中、屋根にだって雪が厚く積もっているのに。まさか、とんだ? ジャンプで? 人間なら無理だ。でも雪鬼なら……恐怖で顔が引きつる。
青褪めて全員が天井を見ていると、天井に深く突き刺さっている死体が大きくビクン! と動いた。その様子に喉の奥で悲鳴が上がる。まるで生きているかのようにガクガクと死体が不自然に動くとバキ、ザリ、とかたい物が壊れるような音がし始める。それが天井の素材が壊れる音なのか、体の骨が折れる音なのか区別がつかない。ゆっくりと、少しずつ。死体は上がって行く。
ああ、上から引っ張られているんだ。上にいた何かは、どうやってかは知らないが。屋根から屋根裏に入ることに成功し、丁度いい抜け道を見つけたのだ。今は邪魔な物が詰まっているが、これをどければ穴が開いている。そうすれば、中に入ることができる。
なかに、はいる、ことが……
「ああああああああああああああ!!」
誰の叫び声かわからなかったが、自分の叫び声だということに後から気づいた。その声に恐怖で固まっていた他の子達も一斉に立ち上がり泣き叫びながら大人たちに助けを求める。
「いやああああああ!!」
「おとうさん! おとうさん早く早く早く!!」
「逃げなきゃ!」
どこに逃げる。外に出るのか。出たら凍死だ。じゃあここで雪鬼が入ってくるのを待っているのか? 何を選んでも俺たちには助かる見込みがなかった。叫びに気づいた大人たちが皆戻り、何が起きているのかを理解した瞬間。バギンと一際大きな音を立てて死体は完全に上に向って引っこ抜かれた。
ここからは、あまりよく覚えていない。穴から出てきたのが、真っ白い人間の腕だったのははっきり見えた。それこそ凍死した担任のように、血の気の無い青白い手。それを見た瞬間、パニックとなり走り出した人たちの波に突き飛ばされ俺は床に転がった。寝転がった状態で見えたのは、天井や壁に向って飛んでいく大人たちだった。五体満足で飛んでいくものもいれば、あちこち欠けた状態のもの、体のパーツだけのものもあった。子供の悲鳴というのはかん高い。まるで猿の威嚇の声のように音のようだった。あまりにも煩くて、耳がキーンとなった。
ゴロリと目の前に何かが転がって来る。それはボールのように丸い、しかし、ボールではない、人の……。
それを見た瞬間俺も悲鳴を上げて気がついたら開けられたドアに向って走っていた。外に出たら凍死だが、もうそんな事どうでもよかった。得体の知れない何かに何をされるかわからないのが耐えられなかった。
外に出ると肌を突き刺すような寒さが全身を襲う。ドアの前には血まみれでおかしなふうに体全体が歪んだ大人が転がっていて、助けを求めてきていたのは本当に人間だったんだなと今更思った。
とにかく離れなくては。今すぐに、逃げなくては。そう思っていたが。
ガッシリと、肩を捕まれた。
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