十年前ー1
俺が雪鬼の話を聞いたのは小学三年の時だったと思う。おばけが怖い年でもなくて、最初に聞いたときはふうんとしか思わなかった。だいたい雪鬼がどんな姿をしているのかの描写説明さえない。当事は雪だるまに角が生えているのかと思っていた。そうなると動きは遅そうだな、とか雪なんだし簡単に勝てそう、とか思った。
それをばあちゃんに話し、雪鬼が入ってきたら俺がやっつけてやると言ったのだ。するとばあちゃんは静かに言った。
「雪鬼をやっつけるなんて思っちゃいけねえよ。アレは勝てねえ」
「え、だって雪でしょ」
「雪じゃねえ、『鬼』だよ。鬼に人は勝てねえんだよ。だから覚えておけ、この間話しただろ。雪鬼には鬼散らしっつう鬼の嫌がる言葉がある、まずそれを言う。それが効かなきゃ玄関に必ず南天置いてるだろ、あれを投げる。時間稼ぎができる、その間に家ン中逃げて、隠れんのよ」
「隠れてどうするのさ」
「雪鬼が諦めるまで隠れてんだよ、どうしようもねえ」
「っていうかさ、雪鬼って何で家に来るの」
「人をさらいに来るんだ。寝床に持って帰って喰っちまうんだろう」
なんだかあまりピンと来なかった。ホラー映画のように斧とか持って追い掛け回してきて、何が何でも殺しに来るとかならわかる。しかし連れて行くために探し回るといわれても、というのが当事の感想だった。要するに戦うのではなく、逃げ隠れして相手が諦めるしかないのだということだ。ホラー映画だってよくわからない敵は最終的には倒されるのがお約束だから、なんだかすっきりしないなと思ったのを覚えている。
その地域は冬には玄関に必ず南天の葉を置いておく慣わしがあったのは雪鬼対策だった。正月に鏡餅を、節分に鰯や柊を飾るのと同じだ。
ただ、子供の中にはまったく信じずにちょっと大人ぶって空想話だと馬鹿にする子も多かった。俺はどちらでもない、ふうん、としか思わなかったが男子は馬鹿馬鹿しいという奴が多かった気がする。
そうなると雪鬼をもっともっと怖い話にしてしまう大人や、勝手に話を盛り込んで実はこんな話なんだよお前ら知ってたか、と自慢したがる奴が出て来る。だから雪鬼の話はかなりの種類があって、祖母の話がスタンダードだとすると原型を留めていない話が多かった。いろいろオプションがついた話の方が確かにエンタメという意味では面白いが、オリジナルの話は非常にシンプルで、そして意味がわからない。
その年は例年にない大雪となり、避難勧告が出るほどだった。あまり人口の多くない所だ、集まる場所は小学校の体育館だった。備え付けの暖房などあるはずもなく、各教室にある石油ストーブをすべて持ってきて皆で小さく集まって暖をとっていた。体育館は天井も高いので、ストーブを何台集めてもすぐに熱が逃げてしまいあまり暖かくない。体育館にテレビなど娯楽があるわけでもなく本当にやる事がなかった。
するとヒマだから年寄りは昔話を始め、雪鬼の話になった時にそんなつまんない話じゃないと言い出す奴がちらほら出て来る。人間を頭から食べる、五体バラバラに切り裂いて行く、返事をした奴を殺してそいつそっくりになって入れ替わる、他にもたくさんあった。年寄りはなんだその話は、と皆呆れていたが子供にとってはそういう展開の方が面白いに決まっている。一応雪の日に訪ねて来る奴がいて返事をするな、という部分は共通しているが鬼散らしの言葉や南天の使い方をまったく知らない奴らが多くて驚いたくらいだ。
自慢げにこういう話なんだよ、と話し始める男子達に女子はきゃーこわーいと言いながら盛り上がる。昔話を語っていたお年よりたちは黙ってしまっていた。皆どこか寂しそう、悲しそうだった。年寄りの話はつまらない、と暗に言われているのを察したようだ。
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