十年前ー2 祖母と雪鬼

 親が仕事で他県に行っていてばあちゃんと二人暮らしだった俺はいわゆるおばあちゃん子、お年寄りが好きだったので彼らの元に話を聞きに寄った。まさか鬼散らしの言葉と南天を知らない子がこんなにたくさんいるとは、とがっかりしたように語る彼らが可哀想で、俺は知っていると言ってなんとか元気になってもらおうと必死だった。それに機嫌を良くした彼らと少し雪鬼の話で盛り上がる。彼らなら知っているだろうかと思い切って聞いてみた。


「前から気になってたんだ。雪鬼ってどんな奴なのか、何で家に入って来るのか。ばあちゃんは連れ去って喰っちまうって言ってた」

「ああ、牧瀬さんちのお孫さんだったんだな。そりゃあ知らんわな、あの人雪鬼大嫌いなんだ。嫌いになった出来事があって……本人には言ってくれるなよ? ばあちゃんの言う事、ちゃんと聞くんだぞ」

「うん」

「よし。牧瀬のばあちゃんはな、子供の頃に家族をなくしてるんだよ」

「死んじゃったってこと?」

「いや、亡くなったって意味じゃない。文字通り無くしたんだ。両親と兄二人と妹と六人家族だったんだけどな、一晩で全員いなくなって残ったのはあの人だけだ。何があったのか聞いても泣きながら雪鬼が、雪鬼がとしか言わなくて。どうやら雪鬼に家族が連れて行かれたらしいって話だが……。確かにどこを探しても家族は見つからなかった。本人の前じゃ言わなかったが、ばあちゃんだけ残して失踪したんだろうって話で終わった。当事はお前のばあちゃん体が弱くてな」

「置いてかれたってこと」


 ああ、と小さくその人は頷いた。当時はこの辺りは本当に貧しくて食べていくのがやっとだったらしい。ようやく栄え始めた東京の方に出稼ぎに行ったり、移り住んでしまう者も少なくなかった。子供の数が多ければその分生活は大変だ。ばあちゃんは捨てられてしまったのだろうと言った。完全に寝たのを確認してから出て行ったのではないかとの事だった。朝起きたら誰もいない、一人だけで不安で不安で仕方なかったのではないか、それを雪鬼の仕業だと思ったんだろうと。ただなあ、とその人は言った。


「当事は大雪だった、それこそ雪鬼が出そうなほどのな。そんな大雪の日に幼い子供三人連れて出て行くかねえ? っていう疑問は残ったんだよ」


 確かに。ばあちゃんが子供の頃なら戦前だ。交通機関などほぼなかっただろうし、そんな日に出て行かなくても春になってからでもよかったのではないか。子供を三人連れて雪の中を歩くのはリスクが大きすぎる。


「お前に詳しく話さなかったのは、怖がって欲しくなかったからかもな。ばあちゃんと仲良くしろよ」

「うん、大丈夫だよ。俺ばあちゃん好きだし」


 そう言うとお年寄り達はそうかと嬉しそうに笑った。年を取ると家族からは邪魔者扱いされる事が増えてくる。小学生になると遊び相手にならなくなる祖父母は孫にとって鬱陶しい存在にもなってくる頃だ。俺が素直にそう言うのが彼らは嬉しいようだった。

 その後彼らから俺の知らなかった雪鬼の話を聞くことができた。雪鬼とはなんなのか、どういう対処をするのが正しいのか、逆に何をやってはいけないのか、など教えてくれた。

 この時ばあちゃんはストーブの最前列で暖を取っていた。俺はばあちゃんのところへと走り寄り、雪鬼の話などなかったかのように振舞った。先ほどの雪鬼の作り話で盛り上がった流れでは良い思いをしなかっただろうから。ばあちゃんも雪鬼の話はしなかったが、いまだに雪鬼の話で盛り上がっている周囲に聞こえないようにポツリと呟いたのが聞こえた。


 ――馬鹿どもが、知らんぞ


 何が、とは聞けなかった。あのおじいさん達の話を聞いたその時はわかったからだ。雪鬼の話を面白おかしくしたせいで、本当の対処の仕方を知っている人が少ない今。雪鬼が出たら、お前らは何もできないぞと言いたかったのだと思う。

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