それぞれの事情
「俺小学生まで豪雪地帯に住んでたんだ。雪国って雪降ると身動き取れなくて何もすることがないから、ばあちゃんから昔話を聞いて過ごすんだ。その中にある話の一つが雪鬼」
「まあなんつーか、どこにでもありそうな言い伝えっぽいよな」
「実際はもっと細かい話なんだ。この話を聞いて間もない頃に……嫌なことがあって。記憶が雪鬼と直結してるせいで単語聞くと思い出す。俺が今の家に引っ越してきた直接の理由が絡んでるからな」
思ったよりも重い話になった事に二人は黙って聞いていた。こういう言い方はずるいかもしれないが、いじめにでもあったと勘違いしてくれればいい。本当の内容は言いたくないし盛り上がる内容でもないのでここでいいかと思い風呂から上がる。
「おい?」
「長風呂苦手なんだ、くらくらしてくる」
不思議そうに顔を上げる津田と湯船につかりながら目を閉じている赤星を置いて俺は一人出る事にした。
「津田、赤星が沈んで溺れないよう見張っててくれよ」
「あいよ」
「起きてる」
「意識失う時は一瞬だぞ」
はは、と笑って俺は脱衣所へと向った。ちらりと湯気の向こうの二人を振り向けば、赤星が津田の頭を軽く引っ叩いているのが見えた。聞いてんじゃねえよ、とでも言っているのだろう。本当に、気遣いができないとかどの口が言うんだあいつはと俺は軽く笑った。
着替えて脱衣所を出たところで熊崎とばったり会った。他の二人は、と聞くとまだ着替えているらしい。
正直熊崎と二人で話をしたことはないので話題に少し困る。俺にとっては完全に津田の友人である濱田の友達、という認識だ。大学でも見たことはあったが話す事はほとんどない。加えて彼女は内向的な性格らしく社交的な会話というものが苦手なように見えた。だからだろうか。
「あ、あの、牧瀬君。さっきの雪鬼って、どんな鬼だと思う?」
見事に俺の地雷を踏んでくれる。それは彼女のせいではないし、向こうとしても必死に話題を探した結果だろう。というか、それしか今の俺たちに共通の話題はない。できればスキーの話題にしてほしかったが熊崎はスキーがそれほど上手くはなかった。滑れてはいたのでまったくの初心者というわけでもないようだったが、運動神経があまり良くないらしい。
「俺も簡単にしか聞いてないから詳しくは知らないんだよね。なんだろうな、雪女みたいな感じなのかな」
今思いついた事をてきとうに言えば熊先はそっか、と納得したようだった。怖いね、とか雪多いと大変だもんね、と言ってくる熊崎に適当に相槌をうっていると濱田たちが風呂から出てきた。俺に気がついた濱田は「あ」という顔をしたが、柚木は駆け寄って来ると俺に甘えたように言う。
「ねえ牧瀬君、明日なんだけど午前中はラウンジに残ってお茶しない? 寒いしちょっとゆっくりしようよ」
はあ、と内心溜息をついた。これだから初心者と来ると嫌なんだ。思う存分滑れない。どうせ言えば聞いてくれるだろうと踏んでいるんだろうな、どんだけ俺は便利だと思われてるんだ。というかこいつは一体何しに来たのだろうかと思ってしまう。スキーに来てるのに滑らないとかありえないんだけど。すると濱田が、口元は笑みを浮かべているが目が全く笑ってない顔で近づいてきた。
「なーに言ってんの、牧瀬君だって滑りたいに決まってるじゃん。めっちゃ上手いんだよスキー。私たちじゃ何が不満なの? 強引についてきたのに」
「えー? だって二人の説明よくわかんないんだもん、スイスイ行っちゃうしさあ」
「しっつれーな、教わっといて。今回は私たちが来させてもらってる立場なんだから迷惑かけないの。牧瀬君ごめんね、気にしないでいいよ。私たちソリでもやるから」
「ちょっと勝手に決めないでよ」
「あんたの運動神経じゃ一ヶ月教えても覚えないから大丈夫」
一見すると仲が良さそうな二人のやり取りをコエーと思いながら見つめ、じゃあと俺は特に返事らしい返事もせずに歩き出す。そうか……女友達ってめんどくさいんだな、そう思わざるを得ない。というか、たぶん、「友達」ではないのだろう。本当に仲のいい友人同士は濱田と熊崎だけのようだ。
「あ、ちょっと牧瀬君! 明日は!?」
なお食いついてくる柚木に振り返らずひらひらと手を振る。すると後ろで濱田が「返事できないよ、ほら、雪鬼が出るし」と笑いながら言っていた。ナイス濱田。津田にはちょっと好感度が上がるように話しておくからな。
部屋に戻り、しばらくすると津田と赤星も戻ってきて明日の予定を考えてから俺たちは寝ることにした。うとうとしている時、赤星が小さく声をかけてきた。
「大丈夫か」
「……ああ、うん。まあ、軽くトラウマが蘇っただけ。平気だよ、もう昔の事だし」
「そうか。ならいい」
それだけ言うとゴロンと寝返りをうつ気配を感じた。どうやら赤星なりに心配してくれたらしい。……お前、俺が女だったら惚れるぞこの野郎。
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