雪鬼とは?

「牧瀬、明日はどうするんだ」


 俺の淹れた茶を飲みながらやや面倒くさそうに赤星が聞いてくる。まさかまだご機嫌とってあいつに合わせて行動するのか、と目が訴えているのがわかった。


「濱田たちに押し付ける作戦」


 俺だって冗談じゃない。滑りに来てるんであって、女とどうこうするために来たんじゃない。……この考えは枯れてるだろうか。いやだって正直あの三人の中に好みがいるかと聞かれると答えはNOだ。


「津田、お前さっさと濱田との関係なんとかしろよ。あいつがいると柚木がセットでついてくるだろ」


 赤星が軽く睨みながらどうでもよさそうに言った。その問いに津田は困り顔だ。


「なんとかっつっても」


 どうにもならん、と言いたかったのだろう。濱田は津田が好きだと思うが、津田にその気はない。ただの女友達だ。告白してきたら断るが、友達としては過ごしたいという微妙なところらしい。


「その話はここではやめよう。遊びに来てるんだから」

「……そう言ってもらえると助かる。ありがとうマッキー超優しい、愛してる」

「じゃあ牧瀬と津田が付き合うって事で濱田達に報告して来い」


 なんだよそれ、とまた軽口を叩きながら雑談に入りいつの間にか時間は過ぎる。夕飯の時間となり、部屋に次々と料理が運ばれてきた。夕飯は各部屋なので濱田たちとは別の部屋だ。実は予約する時にご一緒にできますよ、と聞かれたのだが赤星が眉間に皺を寄せたので別で、と答えた。お前どんだけ柚木が嫌いなんだよ。

 料理は凄く美味かった。料理が自慢だと紹介されていただけあって満足のいく夕食だった。飯も終わって少し時間が経ったところで濱田たちが部屋に来た。柚木の機嫌は直っていて、飲み物を飲みながら適当にだべったりトランプをしたりした。ばば抜きをしながら少しテンションが落ち着いてきたところで、そういえば、と柚木が言った。


「ねえねえ、雪鬼ってなに?」


 ビクリと手が止まった。気づかれないように、揃ったカードを二枚手札から捨てる。


「何って」

「さっき仲居さんから聞いたの。雪の日は雪鬼が出るんですよーって。南天の間にいるお友達ならご存知ですよって言われて」


 あの仲居おしゃべりだな……いや、当たり前か客商売なんだし。ド、ド、と心臓の鼓動が早くなるのを感じながらも落ち着いた様子を装う。すると意外にも津田が「ああ」と反応した。


「雪国に伝わる昔話らしいよ。大雪の日に訪ねて来る奴は鬼だから返事するなってやつ。俺もさっき仲居さんに聞いたんだけど」


 そういえばこいつはあの仲居とすれ違いで戻ってきた。話を少し聞いていて、後で聞いたのだろう。


「へー。まあ確かに大雪の日に歩き回ってたら凍死するよね普通は。昔はカイロとか暖房もなかっただろうし」

「……牧瀬君、知ってた? 雪鬼」


 口数の少ない熊崎がポツリと聞いてくる。


「ああ、俺も仲居さんから聞いた」


 知ってるんだ、と言うと詳しく聞かれそうだったのでごまかした。早くこの話題を終わらせたい。そんな事を考えながらカードを引かれる。残ったのはジョーカーだ。


「やった、牧瀬君の負け」


 濱田がガッツポーズをする。別に悔しくはないが、手元に残ったジョーカーがまた悪魔のような絵でいやでも別の事を考えてしまう。俺に残ったジョーカー。……嫌な感じだ。


「片付けるぞ」


 赤星の言葉に我に返り、トランプを集める。柚木は他にもなんかやろうと言ってきたが、赤星がそっけなく答える。


「大浴場は十一時までだ。こいつだけまだ入ってないんだから風呂が先」


 見ればもう十時過ぎている。赤星の言うとおり、そろそろ入らないと間に合わなくなるだろう。ホテルではないし、結構古い作りなので内風呂というものはない。大浴場の風呂を逃したら俺は今日風呂なしだ。


「俺も行くかなぁ」


 津田も伸びをしながら立ち上がる。女性陣もそれに納得した様子で片付け始め部屋に戻っていった。

 着替えを持って大浴場に行くと意外にも誰もいなかった。俺たち三人の貸切のようでちょっと嬉しい。風呂は屋内と外の露天があるが、さすがに露天に行く気はしない。


「で、お前本当にどうしたよ」


 湯船に浸かって温まっている時にふいに津田が聞いてきた。


「濱田たちは気づいてなかったみたいだけど、お前雪鬼の話しになったら完全に表情凍ってたぞ」


 あの場で言うと女性陣が食いつくだろうと思って言わなかったようだ。津田はともかく何も言わなかった赤星も同じ心境だったのか。そんな赤星の態度がなんだかおかしくて俺は笑った。


「お前、気遣いできるじゃん」

「うっせ」

「いや、ありがとな」


 赤星は別に、とだけ言い津田はへらっと笑う。こいつらになら、別に話してもいいかと思った。

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