暗澹
白川津 中々
◾️
人生の先が細くなってくると、諦めが後から後からやってまいります。
母の四十九日が終わると、いよいよ、家族と呼べるような人がいなくなってしまったという実感が湧き上がり、なんともいえない心細さと侘しさが胸に居座るようになりました。
身寄りがなくなったというのは寂しいものです。誰も親身になって、寄り添ってくれないのですから。
けれど、恋人とか、旦那さんとか、そういう他人が近くにいると、息苦しくなってしまう性分で、自分の力では到底家族を構成するなどできる気がしないのです。他の人が近くにいるのが恐ろしくて、しょうがないのです。
ありがたいことに、こんな私に「素敵だ」と仰っていただいた方が二、三人いらっしゃいました。いずれも私などには不釣り合いな、善良で非の打ち所がない男性でした。皆様私の精神的な不具を聞いてなお「一緒にいたい」と手を取ってくれる方で、私の方も欣快さと気恥ずかしさが同居したような、そんな心持ちとなるのでした。
それでも、やはり、近くに誰かがいると、言い知れぬ不安が私を包むのです。
一度だけ、決死の覚悟で一人の方と一緒に暮らしたことがございます。柔和で、いつも笑顔で、少しだけ恰幅の厚い方でした。小さいながらも綺麗でしっかりとしたお家を借りて、二人で寄り添うように生活していたのですが、その、寄り添うようにというのが、はっきりと申せば汚物の近くで生きているような、そんな心地を産んだのです。
誤解がないように書きますが、その男性は間違いなく素晴らしい方でした。命にかけて誓います。お仕事にも恥はございませんし、実直で、どこへ行っても歓迎されるような男性でした。そんな方でも、近くにいらっしゃると、心臓が硬くなり、死んだように喋れなくなってしまうのです。
結局その方とは二年ほど一緒にいて、離れてしまいました。別れ際も私のことを気遣ってくれて申し訳ない思いでいっぱいになりました。そんな人であっても家族になれない私は、酷く我儘で下等な人間なのです。誰かがいないとこんなにも不安で凍えてしまうのに、誰もを遠ざけてしまう。矛盾したこの気持ちはまったく、苦しい。仏間に立て掛けられてまだ間もない母の遺影の前で私は、一応人肩を震わせるばかりなのです。
最近、顔の皺が一層深く、色濃くなってきています。いずれは老いて、母の元へ行くのでしょう。それまでしっかり生きていけるのか、怖くて怖くて、堪りません。
私は思うのです。もっと、人らしく、一般的な女らしくいたかったと。年老いる前に、誰もいなくなる前に。
私の隣には、誰も、いません。
暗澹 白川津 中々 @taka1212384
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます