第2話

魔物の発生した現場は悲惨な状況だった。今さっきまで人々でにぎわっていたこの空間は、既に破壊され、倉庫だけでなく一帯がまるで廃墟のように変わり果てていた。その中心に足を踏み入れた瞬間、すぐに違和感を覚えた。


魔物の姿は見えないのに、まるで常に誰かに監視されているような気分だ。周囲を見渡しても、何もない。


「おっと!」


不意に段差に躓き、下を向いた。そこでやっと、その違和感の正体に気付いた。既に足元には細い謎の触手が迫っていたのだ。迂闊だったと思った時には、もう遅かった。触手に足を掴まれ、そのまま一直線に引きずり込まれてしまう。


「うわああ!」


宿屋を守るとか真剣に語っていた割には、あっけなく魔物に拘束されてるじゃねえか! 地面を必死にギギギと引っかいて抵抗しながら、頭の中で強く後悔した。しかし、その抵抗も空しく、俺は倉庫エリアの中心、母体の前へ引きずり出されてしまう。


「こ、これが本体なのか?!」


何層にも作られた倉庫に、自分の声が響き渡った。幾本もの触手を自在に操る本体は、まるで脳みそがそのまま生き物として飛び出したような気味の悪さだった。まだ自分が攻撃されていないことに違和感を覚えつつ、持ち物を確認する。腰には、女神様から与えられたバッドがしっかり巻き付けてあった。


「武器の権能は試してないが、今目の前にいるのは本体だ。女神様の説明通りなら、倒せるはず……!」


前世では到底考えられなかった命のやり取り。恐怖が頭を支配しつつも、幾度となく結び直した帯を引きちぎり、バッドを構えた。その直後、上の階から謎の声が聞こえた。


「その魔物は捕食してさらに強くなるから逃げて! 銀燭団じゃないと太刀打ちできない!」


声の位置は四階からだ。逃げ遅れたのだろうか、なぜ逃げないのか。それを考えながら納得する。確かに俺がほとんど無傷でここまで運ばれてきたのは、品質を保つためだったのか!


次の瞬間、無数の触手が宙を飛び交う。先ほどまで自分を捕らえていた細い触手とは違い、まるで体を飲み込めそうな太い触手も混ざっていた。手前に迫るそれをバッドで撃ち落とし、ぎこちない足取りで逃げ続ける。細い触手は長いが、太いのは短い。一定の距離を保てば攻撃は激しいものの、まだ目に見える範囲だ。


自分の戦える相手じゃない。早く逃げなきゃ。大丈夫、奴には足がない。そう決めて逃げようとした瞬間、不意に魔物がゴゴゴと音を立てながら前進し始めた。奴には足がない。触手をうまく使って移動していた。まるで、座った状態で手を地面について体を引きずるように。


「そんな移動方法ありかよ!!」


数々の獲物を食らった魔物の体は、既に二階建ての家ほどの巨大さを誇っていた。前進する度に地鳴りが腹に響き、その強力な怪力を感じさせた。上の階の地面が崩れ、瓦礫が降ってくる。逃げるのがどんどん難しくなってきた。


しかし、被害を受けているのは俺だけではなかった。落ちてきた瓦礫により、魔物も少なからずダメージを受けている。それが原因か、魔物は触手を俺を捕らえるためではなく、上からの衝撃を防ぐために使っていた。振り返ってみると、魔物の正面が無防備になっていることに気付いた。


「———っ! もしかしたら、俺の攻撃が届くかもしれない!」


勢いよく方向転換し、魔物の方へ走る。魔物は、瓦礫にしか注意を向けていない。その一瞬を狙い、力強くバッドを叩きつけた!


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「転生前にこのアイテムを授けます。次の世界では未知の生物が人類を脅かしています。これがきっと助けになるでしょう」


「……金属バッド? これが一体何に使えるのでしょうか?」


まるで平和の象徴のような静寂と柔和な雰囲気をまとった女神様が、雰囲気に合わないバッドを持ってきた。それも新品というわけではなく、所々に打ち付けた跡があり、歪んでいる部分もあった。訳ありなアイテムを見て、女神様に問いただすと、彼女は簡潔にその性能を教えてくれた。


「それは、割合ダメージの効果が付与されている規格外の強さを誇るアイテムです」


「割合? 確か攻撃対象のHPによってダメージが決まるシステムでしたよね? 確かに強いかもしれませんが、一体どのくらいの割合なんでしょうか?」


渡されたバッドは銀色に怪しく輝き、ひんやりとした感触が手に伝わった。そして、その重量以上の価値が、まるで俺の腕にのしかかってくるかのように感じられた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


一撃ヒットした瞬間、魔物は大きく震えた。次の瞬間、無数の触手が俺に襲いかかってきた。しかし、それらの触手は、先ほどまで上からの衝撃を防ぐために使われていたものだった。一瞬にして崩れた天井が、魔物の攻撃を麻痺させた。


その隙をついて、もう一撃叩き込む。魔物はさらに強く痙攣し、青い液体を吐き出した。さらに、もう一撃。これで三発目だ。


『敵に三発、このアイテムで攻撃を加えることができれば、敵を破壊することができます』


「よし! これで三回だ!」


女神様の説明が頭をよぎる。次の瞬間、魔物は大きく暴れ始めた。時間が経つにつれ、魔物はふと動きを止め、やがて急速に縮んでいった。そして数分後、完全に姿を消してしまった。


魔物が消えたことを確認した俺は、戦闘前に聞こえた声を頼りに上の階へ向かった。そこには片足を失った子供がぐったりと座り込んでいた。息があることを確認して、その子を背負い、廃墟を後にする。銀燭団とやらが廃墟に到着した頃には、俺は子供を医療施設に運び終え、ミズと二人で無事だった宿屋で夕食を食べていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る