【KAC20253】妖精のスマホ生活について【短編】
ほづみエイサク
本編
空を見上げると、トンボ2匹がハートマークを作っていた。
夕焼けに照らされて、トンボの肌が真っ赤に染まっているみたい。
これがキス程度のものだったらロマンティックに胸がときめいたと思う。
だけど、実際は交尾だ。
ド変態な人間さんもびっくりの体位でおせっせしている。
ふつう他人(?)の交尾なんて、恥ずかしくて見ていられない。
だけど、ウチの目は釘付けになっていた。
少し耳を澄ませば、風に揺られた草の音が聞こえる。
あちこちで虫の営みがリズムを刻み、小鳥が小粋なメロディを奏でている。
草木の香りと、少し湿った地面の感触。
穏やかな自然。
なんの障害物もない、開放された空間。
そんな中での交尾――
あぁ、気持ちよさそうだなぁ。
ついそう思っても仕方がないと思う。
トンボたちがどう思っているのかはまったくわからない。
大体、昆虫はみんな何を考えているのかまったくわからない。
他の妖精たちも愚痴っていた。
あ、ウチはれっきとした妖精だからね。
妖精の中でも、ティンカーベルみたいに羽の生えた小人妖精。
両親どっちもピクシーの純正ピクシー。一応言っておくけどピチピチの女の子。
まあ、ウチらからすると人間たちこそが『羽がない代わりに巨大化した変なピクシー』なんだけど。
じっと見つめていると、トンボのオスと目があった。
複眼だからどこに目が向いているのかはわかりにくい。
だけど、なんとなく目が合ったと直感した。
交尾中にこっちを見てくるのって怖くない!?
え!?
逃げようかな!?!?
羽を広げようとした瞬間――
トンボたちに影が差した。
トンボもウチも、同時に顔をあげる。
そこにいたのは、トリ。
彼らよりもずっとずっと大きな捕食生物。
トリの降臨。
2匹のトンボは交尾をしたまま、あっさりと食べられていしまった。
「あーあ」
別によくあることだ。
どこにでもある食物連鎖。
ウチは羽をはばたかせながら、帰路についた。
住んでいるのは、妖精の里。
東北にある森の中。基本的に人間さんは入れない特別な場所だ。
普段は自給自足して生きていて、たまに不法投棄されたゴミを漁っている。
無駄に大きなドアを押して、ウチは家に入る。
「ママー。ただいまー」
「おかえりなさい。ちゃんと蜜をとってきてくれた?」
「ばっちり」
手に持ったバケツを渡すと、ママはおおげさに香りを嗅いだ。
「うーん、やっぱりあんたの集めた蜜が一番ね」
「そんな褒めたってなにも出ないよ」
「あら? ただ事実を言っただけよ。それよりも、もう少しでご飯できるわよ」
「わかった。すぐ着替えてくる」
ウチは自分の部屋に入って、服を脱いた。
そして部屋着を選ぼうとして――おもわずため息が出た。
「はー。どれも同じようなのばっかり」
ピクシーの服は基本的に、下から着れるワンピースみたいなのしかない。
そうじゃないと羽が邪魔で着れなくなっちゃうから。
それに、里にいる服職人のセンスが古いのよねぇ。
もっとマンガみたいに凝った服を着たい。
なんでこんなにも羽が大きいのかなぁ。
そのせいで家は大きいし、ドアも大きいし、仰向けで寝れないし……。しかもウチは胸が大きいからうつぶせで寝るのが苦しいんだけどっ! 横向きに寝たら寝たで羽が疲れるのよ! 最適解がちょうちょみたいに四つん這いで寝るしかないんだから、本当にウチって欠陥生物!
空を飛べるのはいいし、羽はキレイだから気に入ってるよ? でも、カブトムシみたいに畳めたらいいのになぁ。
結局、いつも通りの部屋着に着替えて、リビングに戻る。
夕ご飯はパンケーキだった。
おおきな野イチゴが乗ったパンケーキ。
ウチがとってきた花の蜜もふんだんに使われていて、とっても甘い。
少し塩辛いベーコンと野菜のスープもついていてバランスもいい。
「よし、スマホでもみよ」
うちは部屋の中に置かれた、巨大な板の横についたボタンを押した。
すると、板に鮮明な映像が映し出された。
もちろん、ピクシー用に小さいスマホが作られているわけがない。
人間さんが捨てたスマホを再利用している。
「本当に、スマホが来てから生活が変わったなぁ」
スマホが普及しはじめたのは、たった数年前。
それまでの娯楽と言えば、たまに拾ってきた絵本かラジオしかなかった。
だけど、絵本もまたピクシーには大きすぎて、読む人はかなり限られていた。
ラジオもかなり人気があった。
操作する手間はあるけど、一度つけてしまえば、ずっと楽しんでいられる。
でも、やっぱり音声だけだと物足りない。
他にはゲーム機やガラケーも一瞬、妖精の里で流行りかけたけど、ボタンを押すのが辛すぎてすぐに廃れていった。
だけど、スマホはそれらの問題をすべて解決していた。
ほどよい大きさ。
タッチ操作の便利さ。
ボタンを押さなくても操作できるの便利すぎ!
人間さんたちはスマホに夢中になっているけど、ピクシーの若者たちもスマホに魅了された。
そして、そうなるとなだれ込んでくるのは広大なネットの海。
アニメ。
マンガ。
ユーチュ〇ブ。
今までとは比較にならない量と質の娯楽を前に、ピクシーたちは完全に狂ってしまった。
まさに文明開化。
サブカルチャーの夜明けだ。
もうすでに一家に一台スマホの時代になっている。
「さて、みんなもSNSをやってるかな」
最近ではSNSでコミュニケーションをとるのが流行っている。
みんな、スマホを使いたいのよ。
会話のほとんどはマンガについて。
アニメは、ピクシーの動体視力が良すぎるせいで紙芝居みたいに見えちゃうんだよね。
SNSで友達と会話をしていると、あんまり好きじゃない男にある言葉を突きつけられた。
『えー。おまえそれ、ティンコーじゃないか?』
ちょっと! ティンコーじゃないし!
失礼すぎない!? だから嫌いなのよ!
あ、ティンコーっていうのは『ティンカーベル症候群』の略称ね。
人間さんたちの言葉には『ピーターパン症候群』という言葉があるらしい。
大人なのに子供っぽいふるまいをする人のことを指すみたい。
じゃあ、ピクシーだったらピーターパンじゃなくてティンカーベルだよね! ってなって『ティンカーベル症候群』という言葉が産まれた。
でも、長すぎるから短くして『ティンコー』になった。
最近では意味が拡大してきて、夢見がちなピクシーのことを『ティンコーだ』と揶揄することが増えてきている。
『もうやめてよ! ウチはそんなんじゃないんだから!』
『ほんとかー?』
スマホを弄りながら、夜が更けていく。
きづかないうちに眠りについていた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
次の日の朝。
妖精の里中に
人間さんが妖精の里に侵入したということ。
最近多いのよねぇ。
人間さんが妖精の里に入ってきたら大変だ。
この里は見つかってはいけない。
人間さんは大きすぎるから、絶対に共存できない。
すぐさま撃退部隊が招集された。
ウチと同年代の妖精も多くいる。
「心臓を捧げよ!」
みんな心臓の前に拳を置いた。
進撃の〇人かよ。
そして、武装妖精たちは立体起〇装置ばりの動きで人間さんに突っ込んでいった。
「らせ〇がん!」
「げつがて〇しょう!!」
「ふたえのき〇み、あ――――――――っ!」
「ようせいのこ〇ゅう、いちのかた!」
「れ〇がん!」
「きょしき、むら〇き!」
「でとろ〇とすまああああっしゅ!」
「かぜの〇ず!」
「バオウザケ〇ガ!」
「いいよこいよ、いくいく! いきすぎぃ――――――っ!」
なんか色々と混ざっているけど、みんなマンガの真似っこをして攻撃している。
「ひえーっ! やめてくれーっ! 弱いものをいじめをしないでくれー。なんなんだよもおおおおおおおおおっ!」
「にげるなーっ! ひきょうものーっ! せきにんからにげるなーっ!」
人間さんは早々と逃げ出してくれた。
ちなみに、侵入してくる人間さんはいつも同じ人だ。
絶対に遊んでもらっている。
「…………バカばっかり」
別にちっとも羨ましくなんておもってないしっ!
本当はセーラー〇ーンのコスプレをして混ざりたいとか思ってないし。
ウチはあんな子供っぽい遊びをしない。
もっと大人っぽいことが好き。
じゃあ!
今日はさっさと大人の遊びをしちゃおうかな!
なんだか腹が立ってるし!
ウチは早速、家に戻って
スマホは何かを映し出すだけじゃない。
撮るためのカメラもついている。
「こんな感じかな?」
服を脱いで、下着姿でカメラの前に立つ。
目はちゃんと隠して。
パシャッ、と。
羽はスマホの機能で簡単に消せる。
ちゃんと人間にしか見えない。
投稿した瞬間、なだれ込んでくる通知。
これでもウチはインフルエンサー。
まあ、ウチは裏垢ピクシーってやつ。
想像してみると、興奮してくる。
脳裏に浮かんだのは、さっき侵入してきた人間さんの手。
軽く握っただけでもウチはつぶれてしまうだろう。
そんな人間のオスたちが、ウチのエロい姿を見て興奮している。
それって、サイコーじゃない?
あ、ウチだけじゃないよ? 他にもやっている子いるし。
意外とSNSで見ている中には、ピクシーが潜んでいる。
SNSだと人間と区別がつかないでしょ?
少しずつだけど、ピクシーも人間社会に溶け込んでいる。
これもスマホのおかげ。
スマホ万歳。
あ、そうだそうだ。
この小説もピクシーが書いてるかもよ?
【KAC20253】妖精のスマホ生活について【短編】 ほづみエイサク @urusod
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