Episode2・騎士の登場

男の体に隠れて、わたしからはその人が見えない。まるでナイトのように登場したその人を、男は振り返った。


「やるか? チビ!」


 男はわたしの胸ぐらを掴んだまま、その人にそう言った。


「望むところだ。かかってきなよ」


 その人はよく通る声でそう答えた。わたしの胸ぐらを掴む、この男は随分屈強な体をしている。一方挑みかかってるその人はチビだというし、確かに声がたくましいとは程遠い感じ。麗しくて甘い声だけれど。


 どうしよう、流血沙汰かもしれないわ。わたしもあの人に加勢しなきゃ。男がその人と睨み合っている隙に、わたしは男の股間を蹴ろうと思った。


 その時。通りの向こうからこっちへ駆けて来る人が居た。


「ちょっと! アンタら、何してんだ!?」


 おまわりさんだわ! 助かった! そう思った瞬間、男は慌ててわたしを突き放した。


 男がわたしを突き放したはずみで、わたしはガードレールにおでこをぶつけた。鋭い痛みが頭に走って、そこからグワングワンと全身に衝撃が広がってゆく。ぶつけた所に手を触れると、ぬるりとした感触。


 血だわ! 血はわたしのおでこから、顔を伝ってポタポタと落ちている。怖くて、一気に血の気が引いて動けなくなってしまった。だんだんと意識が遠のいていく。


(あぁ、もうだめ……このまま死ぬのかな……)


 そう思っていると、暗くなっていく視界の片隅に、誰かが入ってきた。


 その人は次第にこちらへ近づいてくると、わたしの顔を覗き込み、しきりに何かを言った。もう、うまく耳が聞こえない。だけど、その声が麗しく、とびきり甘いのは分かる。きっと、わたしが男に胸ぐらを掴まれている時、助けようとしてくれた人だわ。


 その人はワンちゃんか、たんぽぽの綿毛みたいに白くて、フワフワした髪の毛をしていた。青白い顔の中に、黒い瞳がくっきりと見える。その瞳は悲しげな、優しい色をして、わたしを見つめている。


 なんてきれいな人なのかしら。きっと、天使さまだわ。


「天使さま。わたしを連れて行ってください」


 わたしはそう言って、天使さまの首に腕を回し、頬にキスをした。そして遠くなっていく意識に全身を委ねた。わたしは失神した。

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