第45話 絶望とわずかな希望

 ソーニャたちは各々の戦い方で、ラストヴァリア軍の兵士たちと戦っていた。里からついて来てくれた三人も、それぞれ得意な魔法を生かしてラストヴァリア軍を退けている。しかし、全体的に見れば、エルイーネ軍は劣勢だった。


 ソーニャのすぐそばで戦っていたエルイーネの騎士が、ラストヴァリア軍の兵士が放った雷に打たれ、泡を吹いて倒れた。ソーニャは急いで騎士に近寄ろうとしたが、間断なく敵が攻撃を仕掛けてくるため、その対処で手一杯になってしまった。


 するとそこに、一本の矢が飛んできて、敵の右胸に命中した。敵は呻き声を上げて、その場に倒れた。


「ユリウス殿!」


 ソーニャは矢の飛んできた方を見やった。混戦の中、低くよく通る声が聞こえた。


「馬鹿野郎、ちゃんと前見ろ! 危ねえだろうが! 黙って後ろは俺に任せとけ! 心配はいらねえよ!」

「承知した! 必ず後で落ち合おう!」


 ソーニャはユリウスの無事を祈りつつ、再び前を向いて、襲いかかってきた敵と相対した。








 宙には魔法が飛び交い、人々の悲鳴が聞こえる。土煙の中に、時折血の臭いが混じる。ラストヴァリアの兵士が、横たわるエルイーネの騎士を足蹴にしている様子や、その逆も見られた。親とはぐれたらしき子どもが、死体から服や食べ物、財布を剥ぎ取っていた。多くのエルイーネ人の女性が、ラストヴァリア軍にさらわれていったという噂話も聞こえてきた。


 破壊し尽くされ、すっかり廃墟と化したエルイーネの街中に、ソーニャとユリウスは揃って立っていた。傍らには、ライラ、ヴェロニカ、ヨルディスの姿もある。皆多少怪我は負っていたが、軽傷のようだ。


 ソーニャは低く暗い声で、ユリウスに問いかける。


「……聞いたか、ユリウス殿」

「ああ。団長が死んだらしいな。手練れとやり合って、刺し違えたんだとか」

「おかげで、エルイーネ騎士団は統制を失って崩壊寸前だ。ラストヴァリアは続々と兵士を送り込んできているのだという。このままでは、この国は間違いなく敗北を喫するだろう」

「っつーか、もう負けてんじゃねえの? 見るからにボロボロじゃねえか」

「……」


 ソーニャはうなだれた。確かにユリウスの言う通り、エルイーネは既に負けたと言っても過言ではなかった。情報が錯綜してはいたが、街のあちこちにラストヴァリアの兵士が現れるようになり、エルイーネの人々が彼らに頭を下げているのを見るに、どちらが優勢かは明らかだった。


「もう、手遅れだったということか……」


 ソーニャは体から力が抜けるのを感じた。そのまま地面にくずおれそうになったが、彼女に差し伸べられた手があった。


 ユリウスだった。


 彼はソーニャの肩を抱き寄せ、彼女が倒れないようにしっかりと支える。顔同士が接近し、ソーニャはユリウスにまっすぐ見つめられる形になった。


「ユ、ユリウス殿! 顔が近いぞ!」


 ソーニャは赤面しながら訴えたが、ユリウスは彼女を解放しようとはしない。彼は彼女から目を離さずに言う。


「おい、ソーニャ。まさか、こんなところで諦めるつもりじゃねえよな? 俺たちエルイーネ人の手で、エルイーネを変えるんだろ?」


 すると、ライラとヴェロニカもそばに来て、真剣な表情でソーニャの顔を覗き込んだ。ヨルディスは泣きそうな顔をしている。


「そうですよ、ソーニャ様! あたしたち浄者への、エルイーネの人々の誤解を解いてくれるんじゃないんですか!?」

「まだ、聖光教を打倒するという目標は達成できていません。ユリウスさんの暴露で、多少教会に対する人々の信頼は揺らいだと思いますが、不十分でしょう。完膚なきまでに叩きのめさなければ」

「ヴェ、ヴェロニカ! それはあまりにもひどいわ!」

「何よ、ヨルディス。あなたまさか、教会に味方する気? 私たちの祖先を迫害した奴らよ?」

「そういうわけじゃないけど……」

「ま、まあまあ。とりあえず、落ち着け」


 揉め始めた浄者の三人をなだめ、ソーニャは長いため息をついた。それから、皆を見ながら、冷静に言葉を紡ぐ。


「……だが、ラストヴァリアは占領の動きを強めているようだ。私としても、これ以上犠牲者を出したくはない。国王様も、もう降伏なさるおつもりではないのか?」

「何だよ、力に屈しろってか?」

「そういうわけではないが……フレドリカ殿も言っていただろう。人命が何より大事だと」

「……チッ」


 ユリウスは舌打ちをして、ソーニャから手を離し、目を逸らした。ソーニャはぺたりとその場に座り込んだ。


 万事休すかと思われたその時、遠くの方から駆けてくる足音がした。ソーニャたちは、そちらの方に目を向ける。


「ああ、良かった。あなたたち、無事だったのね」


 足音の主はフレドリカだった。身につけている長いフレアスカートは裂け、顔や腕に血がついている。


「フレドリカ殿! 貴殿こそ、無事だったのか……しかし、血が……」

「安心して、ほとんどは返り血だから。それより、聞いた?」

「団長殿のことか? それなら……」

「違うわ。ラストヴァリアの国王が、エルイーネ入りしたって話よ。あと、エルイーネの王は亡命したらしいわ」

「え……」


 ソーニャは絶句した。それはつまり、エルイーネがラストヴァリアに正式に降伏したということを示すのではないか。フレドリカは淡々と続ける。


「今この国は、ラストヴァリアによって物理的に壊滅させられただけじゃなくて、聖光教に対する信頼の崩壊っていう事態にも直面しているわ。まあ、ユリウスさんが暴露したせいなんだけど」

「へいへい、そいつぁどうもすいませんでしたね。でもまあ、混乱を招くのは想定内だよ」

「それで、一つ報告よ。全体的に見ればエルイーネは惨敗したって言わざるを得ないと思うわ。でも、各地では抵抗の動きが続いてるみたいなの。つまり、まだ完全に屈服したわけじゃないのよ」


 その言葉を聞き、ソーニャの目に光が宿った。彼女はゆっくりと立ち上がり、フレドリカに問いかける。


「……では、まだ希望を失ってはならないということか?」

「ええ。……ここから巻き返すことは難しいかもしれないけれど、その抵抗勢力をまとめられれば、あるいは……」

「だが、私にそこまでの求心力があるかと言われれば……」


 肩を落とすソーニャの背を、ユリウスがばしんと叩いた。


「おい、何弱気になってんだよ。あんたの剣の腕とエルイーネへの忠誠心は、騎士団の中でも指折りだったんだろ? あんたにゃ人望がある。それはみんな知ってることだと思うぜ。もっと自分に自信持てよ」

「そうですよ、ソーニャ様! って言っても、あたしは騎士団時代のソーニャ様のことは知りませんけど。でも、あなたが超強い力をお持ちなのは、みんな分かってますから。いざとなったら、そのお力で無理やり従わせちゃえばいいんですよ!」


 いきなり割り込んできたライラに、ソーニャは戸惑った。すぐに、ヴェロニカがたしなめる。


「何を言ってるの、ライラ。そんな暴力的な方法で従わせても、本当の信頼は得られないわ。……ソーニャ様。根気強くいきましょう。いざとなれば、私たちも手助けいたしますから。そうでしょう、ヨルディス?」

「そ、そうね。ソーニャ様、わたくしも、できる範囲であなたをお支えします……!」


 皆の励ましに、ソーニャはいくらか元気づけられた。


「……ありがとう、皆。私は……まだ、諦めない」


 ソーニャは顔を上げた。瓦礫の中に差し込む真夏の日差しが、やけに眩しく感じられた。

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