第43話 暴露と危機

「……ヨルゲン団長……!」


 ソーニャは思わず、声の主の方を振り返った。そこには、精悍な顔つきをした、がっしりとした体躯の初老の男が大剣を担いで立っていた。高く昇った太陽が、彼の真上から光を投げかけている。その隣には、ソーニャを陥れた男、大司教ハンスの姿もある。後ろには、多くの騎士たちと聖職者たちが控えていた。


「へっ、来やがったな。今日こそ、偽りの教義をぶっ壊してやる。……ソーニャ、あと他のみんなも。フードを取れ」


 ユリウスはニヤリと笑いながら呟いた。ソーニャは戸惑いながら、ユリウスに真意を問う。


「どういう、ことだ……?」

「いいから、今は黙って従ってくれ」

「……」


 ソーニャは言われるままに、ゆっくりとフードを取った。彼女の顔と角が露わになる。


「……ソーニャ!!」

「ソーニャちゃん!?」


 騎士団の面々のざわつく声が聞こえた。その中には、かつての同僚、オリヴェルやヒルダの姿もある。


「フレドリカも……行方不明になってるって聞いてたけど、まさかソーニャと一緒にいるなんて! ……隣にいるのは、まさか聖女様か? これは、どういうことなんだ!?」


 オリヴェルの悲鳴に近い声が聞こえた。フレドリカは、騎士団と教会の人々に向かって、いつものように淡々と話しかける。


「私たちは、魔女の里に行っていました。そこで、驚くべき事実を発見したのです。結論から言ってしまえば、我々の祖先は、先住民たる魔女——浄者の生活を崩壊させた侵略者であり、大罪人です。そして、聖光教は、侵略者が自らの行為を正当化するためにでっち上げた……」

「そこまでにしておけ。命が惜しくないのか?」


 不意に冷たい声が割り込んできた。声のした方に皆が目を向けると、ハンスが険しい目をフレドリカに向けている。彼女が一旦話すのをやめたのを、怖気づいたと捉えたのか、ハンスが薄笑いを浮かべて進み出てきた。


「大罪人はその女だ。そもそも、この戦争が起きた原因は、魔女ソーニャ・ルンドグレーンが逃亡したことだ。彼女はラストヴァリアと手を組んで、この国を崩壊させ、支配しようと企んでいる。そのような不届き者を逃してしまった我らにも責任の一端はあるが。……それと、聖職者でありながら、あろうことか処刑人の務めを放棄し、その女とともに逃げた聖女ユリア。お前も同罪だ。騎士団の諸君。今こそ、リーアス神を冒涜せし魔女と、それを庇った聖女を断罪せよ!」


 ハンスは高らかに命じた。しかし、騎士団の者たちはなかなか行動に移ろうとしない。何やら話し合っているようである。彼らを率いるべき立場にあるはずのヨルゲンもまた、思案しているようだった。


「何をもたもたしているんだ。早く魔女と聖女を捕まえないと!」

「いや、でも……ソーニャは、とんでもない剣の腕の持ち主だ。体術も得意だし。それに……俺にはどうしても、彼女がこの国に歯向かおうとしていたようには思えない」

「お前、大司教様の言うことが信じられないのか!?」

「でも、わたしも、どうにも違和感があるっていうか……聖女さまを捕まえるなんて、恐れ多いし」


 その時である。


 揉めている騎士団の者たちの前に、ユリウスが立ちはだかった。


「せ、聖女様!?」


 驚く彼らの前で、ユリウスは自らのベールに手をやった。


「ユ、ユリア! 何をするつもりだ!?」


 ハンスの焦った声には耳も貸さず、ユリウスはベールとかつらを一気に取り去った。


 彼の短い髪と、端正な顔があらわになる。


「……!?」


 群衆は一斉に息を飲んだ。周囲が静まり返ったのを確認して、ユリウスは一際大きく、低い男性の声を張り上げる。


「お前たち、よく見ろ。俺が、お前たちが聖女と疑わず、崇め奉ってた奴だ!」


 一瞬の沈黙の後、人々は大騒ぎになった。絶叫する者、ただ唖然とする者、その場にへたり込む者……というように、反応は人それぞれだったが、皆が大混乱に陥っているのは火を見るよりも明らかだった。ユリウスはそんな中で、さらに追い打ちをかける。


「俺の名はユリウス。教会の奴隷出身で、散々こき使われてきた。見て分かるように、俺は男だ。だが、教会の奴らは、俺を聖女に仕立て上げた。これで分かっただろ? 教会っつーのは、平気でお前たちを欺くような組織なんだよ!」


 その言葉がどれだけの人々に届いたのかは定かではないが、少なくとも聖女が男であったという事実は、多くの人に衝撃を与えたようだった。ハンスはぎりりと歯軋りをしながら、民衆の前に立ち、ユリウスを睨みつけた。


「貴様、声高に聖光教を否定しおって。少し見ない間に、随分と偉くなったものだな。……皆の者、よく聞け! 確かに私は、この者を聖女とした。だが、それはこの者に聖女たる資質を認めたからだ。だが、この者は、女と添いたいという、下劣な自分の欲望のために職責を放棄したのだ! この者は、もはや偽聖女と呼ぶのもおこがましい。ただの下卑た反逆者に過ぎん! さあ、堕落した者どもに、神に代わって鉄槌を下せ!」


 ハンスの言葉に呼応し、騎士団の一部から叫び声が上がった。どうやら、彼の言うことを信じ、士気を上げたらしい。それを察して、ユリウスは嘲るような笑みを浮かべる。


「へっ、相変わらずよく回る口だ! さあお前たち、どうする! どっちを信じるかは、お前たち次第だ!」


 騎士団や教会の人々は、まだ迷っているらしい。するとそこに、遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。


「……この、音は、もしや……!」


 ソーニャは身構えた。周囲の人々も、怯えたような表情をしている。


「敵襲だ! 皆、直ちに臨戦態勢に入れ! この際、魔女だの聖女だのは一旦置いておけ! 今は、無辜の人々を守ることが最優先事項だ!」


 沈黙を守っていたヨルゲンが、突如としてよく通る声で叫んだ。その声に、騎士団の人々は我に返った様子で、めいめいに剣を抜いた。


「俺たちも戦おうぜ、ソーニャ! 準備はいいか?」

「もちろんだ。……ライラ殿、ヴェロニカ殿、ヨルディス殿」

「あたしは準備万端です!」

「私も、いつでも行けます」

「わっ、わたくしも……!」


 ソーニャたちも、戦闘準備を整える。ソーニャはフレドリカの方を振り返り、彼女の手を取った。


「フレドリカ殿。貴殿は、私たちが守る。だから、私たちから離れるな」

「あら、ソーニャさん。随分とかっこいい台詞ね。場合によっては、惚れていたかもしれないわ。だけど、心配しないで。私、こう見えて意外とやるのよ」

「?」


 首を傾げるソーニャをよそに、フレドリカは身につけていたポシェットから小さなナイフを取り出した。


「……!! まさか、それで戦うつもりか!?」

「これはあくまで最終手段よ。私の真価は、こっち」


 そう言うと、フレドリカはナイフをしまい、代わりにナックルダスターを取り出した。拳に装着し、威力を強化する武器だ。


「……へっ?」


 相次いで物騒なものが飛び出し、ソーニャは目が点になった。しかし、フレドリカは平然としている。


「もちろん、話し合って解決できるなら、それ以上に喜ばしいことはないわ。でも、どうしても分かり合えない相手っているじゃない。そういう時のために、私は武術も嗜んでいるのよ」

「は、はぁ……」


 フレドリカは武器を装着すると、「ほら、敵さんがせめてくるわよ。あなたも準備したら?」とソーニャに声をかけた。ソーニャは戸惑いながらも頷き、剣を鞘から引き抜いた。

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