第42話 王都へ
ユリウスに先導され、ソーニャたちは里を歩いていた。意外にも里は戦火の影響をさほど受けておらず、見たところ住宅への被害もほとんどないようだった。ソーニャは胸を撫で下ろしながら、田んぼの中に切り開かれた道をまっすぐ進んでいく。
「よし、着いた」
ユリウスが足を止めたのは、アンナの家の前だった。
「どうしたのだ? 何か忘れ物でもしたのか?」
「ま、そんなとこだ。あんたら、ちょっとここで待っててくれ」
そう言うと、ユリウスは玄関に向かって走っていった。施錠はされていなかったようで、ユリウスはドアを開けて家の中に入っていく。いったい何の用なのだろう、と疑問に思いながら、ソーニャたちは庭先でユリウスを待っていた。
しばらくして、ユリウスが出てきた。ソーニャは彼の格好を見て、目を見張る。
「ユリウス殿! その格好は……!?」
ユリウスはベールを被り、女物の修道服に身を包んでいた。エルイーネの聖女の格好をしていたのである。彼はなぜか得意げに胸を張ってみせた。
「へへ、この姿の俺を見るの、久しぶりだろ。どうだ、懐かしくなったか?」
「ああ、そうだな……って、なぜそのような格好をしているのだ?」
「俺にも考えがあんだよ。王都に行ったら分かるさ」
「はあ……?」
首を傾げるソーニャたちをよそに、ユリウスは声を張り上げる。
「よっしゃ、支度も整ったことだし、いざ王都に向けて出発だ! このふざけた戦争を終わらせようぜ!」
フレドリカは頷いた。
「ええ、行きましょう。ぶっちゃければ、私はどっちが勝とうがどうでもいいけど、死人が出るのは嫌だから」
「わ、私は、ラストヴァリアに屈したくはない! 我が祖国を守るのだ! エルイーネは、他ならぬエルイーネ人の手によって変わらねばなるまい!」
食ってかかるソーニャを落ち着かせるように、フレドリカは淡々と言う。
「ソーニャさん。あなたの志は立派だけど、一番大切なのは人命よ。本当にどうしようもなくなったら、潔く降伏しましょう。ただでさえ私たちは、ラストヴァリアとエルイーネ両方から狙われてるんだから」
「……っ、だが、それは本当に最後の手段だ」
「はあ、分かったわ。私も、できる限り付き合ってあげる」
フレドリカは呆れたように言った。ソーニャはついて来てくれた里の人々に向き直る。
「そういえば、聞き忘れていたな。貴殿たち、名は何というのだ?」
ソーニャに問われ、まず活発そうな、青髪をツインテールにした、山羊の角の生えた少女が名乗った。
「あたしは、ライラっていいます! 変身が得意です!」
次いで、緑髪のボブヘアの、トナカイの角を生やした女性が名乗る。
「私は、ヴェロニカ。氷と水を操る能力に長けております」
そして最後に、緩くウェーブのかかった長い白髪の、
「わたくしは……ヨルディスといいます。その、えっと、雷を操るのが、中では得意な方です……多分」
三者三様の自己紹介を、ソーニャは真剣な面持ちで聞いていた。
「そうか。では皆、エルイーネの変革のために力を貸してくれるか?」
「巫王様の命なら、喜んで」
三人は揃って深く頭を下げた。ソーニャは戸惑ったが、そろそろ彼女たちを率いる者としての覚悟を決めるべきだと思い、大きく息をついた。
「じゃあ、改めてよろしくな! 人数は少ねえけど、あの激闘の中を生き残ったあんたらがついてれば百人力だ! ほら、ソーニャ、さっさと行こうぜ!」
ユリウスに促され、ソーニャはこくりと頷いた。一行は王都に向けて、一歩を踏み出したのだった。
それから数日かけて、一行はうだるような夏の暑さにうんざりしながら、人目を避けるため、整備されていない山道を通って王都に到着した。しかし、彼らを出迎えたのは目を覆いたくなるような光景だった。
街中の建物が燃え盛り、崩れ落ち、煙が充満していた。道端には焼け出された人々がうずくまっている。負傷している人も多いようだった。あちこちから呻き声や泣き声が聞こえてくる。石畳で舗装された道はところどころ黒く煤け、既に事切れていると思われる人々が横たわっていた。
「これは……」
倒れている人々を踏まないように細心の注意を払いながら、一行は王都を歩き回った。道行く人たちはソーニャたちの方を見向きもしない。ソーニャ、ライラ、ヴェロニカ、ヨルディスの四人は、角を隠すべくフードのついたローブを身にまとっていたが、それを不審がる人はいなかった。皆、自分のことで手いっぱいらしい。大人からパンを奪って逃げる子どもや、殴り合いの喧嘩をしている男たちが見られた。
「……こいつぁ、予想してた以上に
ユリウスが小声で呟いた。ソーニャは頷きつつ、歩を進めた。
一行はしばらく街の様子を観察した後、街の人々に対して聞き取り調査を始めた。エルイーネの現状を把握するためである。警戒心を解くため、聖職者の格好をしているユリウスが代表して人々に話しかけることになった。
「こんにちは、お嬢さん。私たち、教会の者なのですが、今お困りのことについてお聞かせいただけますか?」
ユリウスは美しい女性の声で、道端に佇む妙齢の女性に声をかけた。彼女はやや驚いた様子でユリウスを見たものの、聖職者と見るや、すぐに両手を組んで泣きそうな顔ですがりついてきた。
「ああ、シスター。この戦争で、私の家はすっかり焼け落ちてしまいました。もう、明日食べるものもありません。毎日欠かさずにお祈りを捧げていたというのに、どういうことなのですか、この有様は。我らにはリーアス神のご加護があるのではなかったのですか!?」
女性は顔を真っ赤にして、ユリウスの両肩を掴んで、彼を揺さぶった。ユリウスは、少し落ち着いてください、と言いながら、女性の左手首を掴む。女性は一旦ユリウスを揺する手を止めた。
「よろしいですか。今から告げることは、衝撃的かもしれませんが、事実なのです。心してお聞きください。……リーアス神など、本当はいないのです」
「……は……?」
女性はユリウスの肩から手を離した。目を瞬き、ユリウスの顔をベール越しに凝視している。ユリウスは淡々と続ける。
「そもそも、聖光教という宗教自体がまやかしなのです。あれは、侵略者が自分たちの行いを正当化すべく作り上げたもので、為政者の都合のいいようにでっち上げられた……」
「非国民!」
女性は金切り声を上げて、ユリウスの顔を平手打ちした。そして、彼女は叫ぶ。
「聖職者のくせに、何をふざけたことを言っているの! この国が私たちを騙そうとしていたなんて、そんなことあるわけないわ! あなたみたいな不信心な人がいるから、リーアス神は罰を下されたのよ! そうに決まっているわ。出ていけ、異教徒!!」
騒ぎを聞きつけて、人が集まってきた。野次馬たちは、「異教徒だって?」や「ラストヴァリアの手の者か!?」などと言い合っている。
「まずいぞ、ユリウス殿! かなり目立ってしまっている。どうするつもりだ!?」
小声で囁くソーニャに、ユリウスは同じく小声で返す。
「いや、この状況、逆に利用できるかもしれねえぞ。ここで、誰かが騎士団に連絡すりゃあ、団の連中や教会の手先に会えるんじゃねえか? そうすりゃ、こっちから押しかける手間が省けるってもんだ」
ユリウスがそう言い終わるや否や、その場に太い声が響き渡った。
「我らはエルイーネ騎士団の者だ! 異教徒が出たと連絡を受けて馳せ参じた! その者はどこにいる?」
ソーニャにとっては、ひどく聞き覚えのある、懐かしい声だった。
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