第40話 奮闘

 ソーニャの放った風は、瞬く間に敵味方を問わず巻き込み、彼らを宙に巻き上げた。


「うわっ……!?」

「キャーッ!」


 人々の悲鳴が轟く。ソーニャは驚き、思わず剣を握る手に力を込めた。風はさらに勢いを増し、より多くの人々を襲う。そばにいた一人の里の女性が、ソーニャのもとに駆け寄ってきた。焦った表情を浮かべている。


「ソ、ソーニャ様……! お力が強すぎます! もう少し手心を加えていただけませんか!? でないと、我々にも害が及びます!」

「分かっている! だが……うまく制御できないのだ! 私は未熟者ゆえ……!」

「……仕方ありませんね、私が何とかいたします。ソーニャ様はまだ、なるべく魔力をお使いになりませんよう」


 女性が呪文を唱えると、風がぴたりと止み、巻き込まれていた人々が次々と地上にゆっくりと落下してきた。見たところ、誰も怪我をしていないようである。ソーニャはほっとした。彼女が里の女性に礼を言っていると、背後から声をかけられた。


「出力の方は大丈夫みてえだな。問題は制御か。やっぱ、練習が足りなかったのかもな」

「ユリウス殿。……ああ、そうだな。もっと精進せねばなるまい」

「反省会は後だ。ソーニャ、後ろ」

「分かっている」


 ソーニャは背後から飛んできた火球をひらりと避け、襲いかかってきたラストヴァリア軍の兵士の方に向き直り、その首もとにぴたりと剣の刃を当てた。


「クソ、気づかれたか」

「当たり前だ。私を誰だと思っている? かつてエルイーネで名を馳せた騎士だぞ」

「……チッ」


 兵士はソーニャの腕を掴んで逃れようとしたが、逆にソーニャに組み敷かれ、首を絞められた。


「……っ!!」


 兵士は必死で地面を叩き、降参の意を示したが、ソーニャは手を緩めない。ついに兵士はがくりとうなだれた。凍てつくような視線で兵士を見つめるソーニャに、ユリウスが慌てた様子で詰め寄る。


「おい、ソーニャ!? まさか……」

「安心しろ。気絶させただけだ。仮にも誇り高き騎士であった私が、誰かを手にかけるわけがないだろう。だが……私の真の故郷を侵略しようとする者たちに、かけてやる情けなどない」

「……へえ」


 ユリウスはさも面白そうに、ニヤリと笑った。


「じゃ、俺もそろそろ本気出さねえとな。行くぜ」


 そう言うと、ユリウスは背負っていた弓矢を手に取った。弓に矢をつがえ、ぎりりと引き絞る。片目をつぶって照準を定めると、矢から手を離した。矢は標的に向かって、時折障害物を避けながらも飛んでいく。そして、ついに、標的——イーヴァリの右上腕に突き刺さった。


「うがあっ!」


 イーヴァリは痛みに顔をしかめながら、矢が飛んできた方向を凝視している。恐らくは射手を探しているのだろう。ユリウスはソーニャの後ろに隠れた。


「やっぱ、遠距離攻撃する奴は居場所が割れちゃまずいよな。ソーニャ、なんかいい感じで、俺がここにいること、バレないようにごまかしてくれ」


 ユリウスはそう言って、近くの茂みに身を隠した。一方のソーニャは、目に見えて動揺する。


「『なんかいい感じ』とは何だ! 具体的にどうしろと言うのだ!?」


 返事は返ってこなかった。ソーニャは仕方なく、茂みを一瞥すると、そこから離れ、敵の攻撃を引き寄せるべく、囮になろうと決めた。









 ソーニャはまだ魔力を制御することは難しく、ほんのわずかだけ力を剣にまとわせ、その剣で向かってくる魔法を弾き返し、峰打ちで次々とラストヴァリア人たちをのしていった。


「あなたは巫王ではないのか? なぜ、浄者の力を使わない?」


 立ち向かってくる兵士に対し、ソーニャはため息混じりに答える。


「使わないのではない。まだ使えないのだ。味方たちに損害を与えては、元も子もないからな」

「……そう、か。ならば、こちらの想定よりも御しやすいな」


 兵士はにっと笑い、ソーニャの目の前に両手を突き出した。


「何を……」


 戸惑うソーニャをよそに、次の瞬間、兵士はパンと手を叩いた。銃声のような凄まじい音が鳴り響く。


「あ……っ」


 音圧に脳を揺さぶられたかのような感覚が、ソーニャを襲う。彼女は意識を手放しかけた。するとそこに、割って入る人影があった。その人物はラストヴァリアの兵士を突き飛ばし、ソーニャを抱きかかえる。


「ソーニャさん、無事!?」

「ア……アンナ、殿……」


 ソーニャはかろうじて意識を保った。アンナは周囲への警戒を怠らず、ソーニャにそっと囁く。


「あれは、相手を失神させる典型的な術よ。すごく厄介なの。解除に手間がかかるのよ。くれぐれも気をつけてね」

「……承知した」


 ソーニャはこくりと頷き、アンナに支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。深呼吸をしてから、再び剣を握り直す。そんなソーニャの肩を、アンナは優しく包み込んだ。


「大丈夫よ、ソーニャさん。あなたの存在は、私たちにとって、とても心強い、精神的な支えになっているの。あなたがいる限り、私たちが負けることはないわ。私たちは、全力であなたを守る。だから……安心して、背中を預けてちょうだい」

「アンナ殿……かたじけない。恩に着る」


 ソーニャは深く頭を下げると、くるりとアンナに背を向けて、敵陣に向かって走り出していった。

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