第39話 開戦
イーヴァリは、剣をソーニャに向けたまま、低い声で言う。
「巫王様が拒否するとおっしゃるならば、力ずくで連れ帰るまでです」
その声とともに、ラストヴァリアの軍勢が一斉に武器を構える。武器は人によりまちまちで、剣を持つ者もいれば、杖を持つ者、中には何も持たずただ両手を合わせるだけの者もいた。どうやら戦闘スタイルの異なる者たちらしい。
相手が臨戦態勢に入ったと見るや、里の人々も姿勢を低くし、めいめいに敵に向けて険のある眼差しを向ける。
「……」
「……」
無言のにらみ合いが続く。まさに一触即発といった雰囲気である。
と、その時。
「ちょっと待って」
唐突に後ろから声がした。全員が一斉に声のした方に目を向ける。そこには、フレドリカが立っていた。息を切らしている。
「……フレドリカ殿。まだ里に残っていたのだな」
ソーニャの言葉に、フレドリカは表情を変えずに応答する。
「ええ。調査ついでに、観光もしようかと思って。……でも、そうも言っていられなくなったみたいね」
「そーだな。見ての通り、こっちはもうバチバチだぜ」
ユリウスは苦笑しながらそう言った。突如現れた人物に、ラストヴァリア勢は驚いた様子を見せた。そして、イーヴァリがフレドリカに向けて、笑みを浮かべて問う。
「おや、あなたは……頭部に角がありませんね。となると、浄者ではないということですか? なぜ、この里におられるのでしょう?」
「ちょっと、野暮用でね。……あなたたち、ラストヴァリア軍よね。ということは、浄者を尊んでいるのでしょう? それなら、どうしてこの里の人たちと敵対するの?」
「それは、こちらの巫王様が、我が国に降るのを拒否されておりますので」
「……へえ。ラストヴァリアも、結局はエルイーネと同じなのね。暴力で、自分たちのいいように状況を変えようとしてる」
その言葉に、イーヴァリの口角がぴくりと動いた。笑みが引きつったものに変わる。
「ちょ、フレドリカさん! 焚きつけてどーすんだよ!」
ユリウスは慌ててフレドリカに駆け寄った。しかし、フレドリカは平然としている。
「私はただ、事実を言ったまでよ。これぐらいで激昂するようなら、ラストヴァリア軍もその程度ってこと。……で、どうするの? やる?」
見た限り、フレドリカは丸腰である。彼女が特に武術に優れているという話も聞いたことがなかった。彼女の行動は、まさに無謀というよりほかなかったのである。ソーニャとユリウス、それに里の人々は、成り行きをはらはらしながら見守ることしかできなかった。
緊迫した空気の中で、最初に口を開いたのはイーヴァリだった。
「……ほう、エルイーネにも骨のある御仁がいらっしゃったようですね。いいでしょう、あなたに免じて、ここは一度矛を収めます。……ですが、我々とエルイーネを同一視はしないでいただきたい。我らは、力ずくで歴史を書き換えたりはしておりませんから」
「へえ。エルイーネがやったこと、知ってるみたいね。でも、歴史には多かれ少なかれ、後ろ暗いことはあるはずよ。ラストヴァリアにも、あなたたちの知らない過去があるかもしれないわ。できることなら、それも研究してみたいところだけどね」
「……」
フレドリカの言葉に、再びイーヴァリは黙った。一度下ろしたはずの剣先が、ぷるぷると震えている。後ろに控えるラストヴァリア軍の兵士たちが、武器を構え直す音がした。
「……フレドリカ殿。もういいだろう。別に、先方とて積極的に戦いたいとは望んでいないようだし……」
ソーニャがそう言い終わるか否かのうちに、突如として閃光が迸った。
「……!?」
ソーニャは恐る恐る後ろを見遣った。カリーナの家の壁に、焼け焦げたような跡がついていた。再び視線を前に戻すと、ラストヴァリア軍の兵士の一人が、はあはあと洗い息をしていた。
「……貴様、我が国を侮辱するか! もう黙ってはおれん! 者ども、かかれぇ!」
「おい、待て! 指揮官は私だ! 勝手に指図をするな……っ!」
イーヴァリの制止する声も聞かず、ラストヴァリア軍の兵士たちは剣や杖を構え、めいめいに走り出したり、呪文を唱え出したりした。そして、瞬く間に、凄まじい魔力の気配が充満する。
「……もう仕方がないわね。あなたたち、応戦するわよ……って、言うまでもなかったか」
カリーナが指示を出すよりも早く、里の人々もまた呪文を唱え始める。直後に、雷光や豪雨、強風が発生し、状況は一瞬にして混沌を極めたものになった。
「うあっ……!? どうなってんだ! おい、ソーニャ! 大丈夫か?」
ユリウスは吹きすさぶ強風に飛ばされないように必死で踏ん張りながら、ソーニャの身を案じて叫んだ。
「わ、私は大丈夫だ! 貴殿は?」
「俺も平気だ、心配すんな! ……だが、やべえことになったな」
里の人々とラストヴァリア軍は、魔法の撃ち合いを繰り広げていた。片方が水流で攻撃すれば、もう片方は炎でそれを封じるといった具合で、双方の争いは拮抗しているように見えた。しかし、よく見ると、里の人々の方が若干押されているようだった。
「くっ、このままでは、皆が危ない!」
ソーニャは後方で戦闘の様子を見守りながら、助太刀に入る機会を窺っていた。しかし、今の自分では、十分な戦力にはなれないかもしれないと思うと、躊躇してしまう。
すると、ユリウスが声をかけてきた。
「おい、ソーニャ。何尻込みしてんだよ。今こそ、特訓の成果を見せるときだろうが」
「ああ……分かってはいる。だが……」
「チッ、しゃあねえな。カリーナさーん!」
ユリウスは大声でカリーナを呼んだ。すると、遠くの方から何かが弧を描いて飛んできた。ソーニャは慌ててそれを受け取る。
それは、黒い鞘に入った剣だった。ソーニャはごくりと唾を飲み込んだあと、そっと鞘から剣を抜いた。訓練をしていた時に使っていた時と同じ、氷でできた刃がキラリと光り、ソーニャの顔を映した。彼女は一つ息を吐き、剣を構えた。そして、力を込め、呪文を唱える。
「……古の精霊よ、我に力を。今ここに、猛り狂う暴風を!」
詠唱が終わるか終わらないかぐらいの時に、剣の先からたちまち強風が巻き起こり、交戦する人々へと襲いかかった。
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