第38話 交渉

 ラストヴァリアの軍勢は、里を守っていた結界を破り、あっという間にカリーナの家の近くまでやって来た。報告通り、皆一様に黒い鎧に身を包み、先頭の者は黒地に白で七角形が描かれた、房のついた軍旗を掲げている。ザッザッという規則正しい足音とともに、ラストヴァリア軍は前進を続けていた。


「止まって」


 カリーナの凛とした声に、軍勢は歩みを止めた。そして、一人の騎士と思しき人物が前に出てきた。どうやら代表者らしい。


「これはこれは、長老様御自らお出迎えとは。随分と手厚く歓迎されたものですね」


 代表者は、低いがよく通る声でそう言った。そして、恭しく礼をする。


「私は、イーヴァリ・ロクサと申します。ラストヴァリア王国にて、大臣を務めております」

「そう。わたしのことは知っているみたいだから、自己紹介は省かせてもらうわ。……いきなり、何の用かしら?」


 カリーナの質問に、イーヴァリと名乗った男は被っていた黒い兜を脱いだ。中からは、顎髭の生えた中年の男らしい顔が現れた。彼はにっこりと笑みを浮かべて口を開く。


「我々は、エルイーネとよしみを結びに参ったのですよ。そのために、長老様や巫王様にご挨拶をしようと思ったのです」

「知ってるかもしれないけど、わたしたちはエルイーネから迫害された存在よ。わたしたちと仲良くしたところで、国王とはお近づきになれないと思うけど」

「ええ、聞き及んでおります。ですが、あなた方浄者は、元はエルイーネを統べていた存在でしょう。ならば、まずはあなたたちと親睦を深めるのが筋だと思いまして。……それに、長老様はご存知かもしれませんが、我が国では浄者の血を引く方々を尊んでおります。そこで、どうでしょう、あなた方に我が国に来ていただくというのは」

「は?」


 カリーナは思いがけない提案に首を捻った。いや、彼女だけではない。その場にいた人々全員もそうした。しかし、イーヴァリはそんな皆の様子には目もくれず、続きを話す。


「我が国では、浄者の血を引く方々は皆、高官に上っております。その力は、神聖視されているのですよ。特に……そこの、灰色の髪のあなた。あなたからは、とりわけ強い力を感じます。あなたさえよろしければ、参謀として我が軍に来ていただけませんか?」

「わ……私?」


 ソーニャは周囲を見回した後、自分自身を指差した。イーヴァリは笑顔で頷く。と、そこに、カリーナが割って入ってきた。


「何言ってるのよ。どうしてあなたたちの国に行かなきゃいけないわけ? わたしたちは、ここでそれなりの暮らしをしているわ。確かに裕福ではないかもしれないけど、満足はしているのよ。そうでしょ、みんな?」


 カリーナは後ろを振り返った。里の人々が一様にこくりと頷く。しかし、ソーニャはこの里の住人ではないため、すぐに頭を縦には振れなかった。それを見たイーヴァリが、ソーニャに近づいてくる。


「おや、私たちの話にご興味を持っていただけたのですか? ……それにしても、あなたの発するオーラは他の人々のそれとは段違いですね。もしや、あなたが巫王様でいらっしゃるのでは?」

「いや、私は確かに巫王の血を引いてはいるようだが、まだ力を自分のものにできてはいない」

「そうなのですね。では、我が国でその力を鍛え、存分に発揮していただくのはいかがでしょうか? 巫王様ともなれば、ゆくゆくは国王様の側近……もしくは側女となることも可能だと思いますが」

「……」


 ソーニャは考え込んだ。すると、ユリウスが彼女に近寄ってきた。


「おい、ソーニャ。まさか、今の言葉に心動かされてるとかじゃねえよな? あんた、エルイーネの人たちを救うんじゃなかったのかよ?」

「……そのようなことはない」

「だったら……」


 そう話していると、イーヴァリが首を傾げた。


「うん? そちらの方は……男性のようですが、なぜこの里にいらっしゃるのですか?」


 ユリウスはイーヴァリの方に向き直った。そして、彼に告げる。


「俺は、エルイーネの聖女やってた。ちょっと前まで、教会にいたんだ」


 イーヴァリは目を大きく見開いて固まった。当然の反応である。


「せ、聖女……? なぜ、男性が……」

「話せば長くなるから、割愛するぜ。とにかく、エルイーネでソーニャが異端とされて処刑されかけたから、俺は無理やり助け出してこの里まで逃げてきたんだ」

「……そうだったのですね。はあ、まったく、あの国はまだ聖光教などという馬鹿げた宗教を国教にしているのですか。もう救いようがないですね。やはり、滅ぼすしか……」

「滅ぼす、だと!?」


 ソーニャは瞠目した。そして、声を張り上げる。


「いくら迫害されたとて、エルイーネはそれでも私の祖国なのだ。私は、他ならぬエルイーネ人の手によって、祖国を変えたい。貴殿らの好きにはさせん!」


 その言葉に、イーヴァリは息を飲み、その後穏やかな笑みを浮かべた。しかし、その目は笑っていない。


「……そうですか。どうやら、分かり合えないようですね。では……」


 そう言うと、イーヴァリは剣を持った右手を、まっすぐソーニャに向けて伸ばした。

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