第31話 決意
一通り話し終えて、カリーナはクッキーをボリボリと音を立てて食べた。「これも美味しいわね。アンナの手作りかしら?」などと、呑気に呟いている。一方で、ソーニャはただ黙って俯き、ユリウスは何やら思案にふけっていた。
「……カリーナ殿。それにしても、なぜあなたは私を敵視していたのだ?」
ソーニャの問いに、カリーナはふんと鼻を鳴らした。
「別に、敵視ってほどじゃないわよ。ただ、あの馬鹿なことをしたエメリの娘だから、いい感情を持ってなかっただけ。その娘が今更のこのこと里にやって来て、何をしでかすのか不安だったから、後をつけたの」
「……それにしても、なぜ、私が巫王の娘だと分かったのだ?」
「あなたの発するオーラが、巫王の血脈特有のものだったからよ。わたしぐらいになれば、そんなのすぐに分かるわ」
「そうなのか……」
ソーニャは再び黙り込んだ。それと反対に、今度はユリウスが口を開く。
「魔女……じゃねえ、浄者側の事情はだいたい分かりました。けど、ずっと浄者の存在を隠蔽してきたのに、なんで教会は今になってそういう人たちがいるっつうことを公にしたんすかね?」
「聞いた話だと、今エルイーネはラストヴァリアと緊張状態にあるんでしょう? いつ戦争になってもおかしくないらしいじゃない。ラストヴァリアには、わたしたちと同じく、超自然的な力を操る人たちがいてね。あそこは、エルイーネとは違って、そういう人たちが尊ばれる国なの。あなたも噂ぐらいは聞いたことあるんじゃない?」
「そうっすね、なんか怪しげな術使う奴らがいる国だって聞いてます」
「教会は浄者の存在を明らかにして、それをラストヴァリアと通じる敵とし、国民の憎しみや不安や怒りの矛先を全てそこに向けさせたかったのでしょうね。そうやって、人々の結束力と愛国心を高めようとでもしたんでしょう。そして、そのスケープゴートとしてソーニャさんを選んだ。教会は、密かにソーニャさんを殺す機会を窺っていたんだと思うわ」
「……で、今の情勢をその好機と捉えたっつうわけか」
「そういうことでしょうね」
ユリウスは眉間に深いしわを刻みつけながら、冷めた紅茶をごくごくと飲んだ。そして、カップをソーサーに叩きつける。
「ったくよぉ、何も知らねえソーニャを政治的な思惑のためにそんな目に遭わすなんて、クソにもほどがあるぜ。虫唾が走らあ。それに……カリーナさんの話を聞いてると、ラストヴァリアはそんな
カリーナは初めて難しい顔をして、咀嚼していたクッキーをごくんと飲み込んだ。
「そうねぇ……でも、わたしがそこに行ったのはもうずっと昔のことだから、今のラストヴァリアがどうなっているのかはよく分からないわ。あんまり楽観視しない方がいいんじゃないかしら?」
「そうっすか……つーか多分、こうしてる間にもエルイーネとラストヴァリアとの関係は悪くなる一方なんだろうな。畜生、俺ら、どうすりゃいいってんだよ」
ユリウスは大きなため息をついた。再び沈黙が訪れる。カリーナがクッキーを食べる音だけが響いていた。
それを破ったのは、ソーニャであった。彼女はよく耳を澄ませなければ聞こえないぐらいのか細い声で、ぼそりとこぼした。
「……私は、エルイーネに……教会に、いいように使われていた奴隷にすぎなかったのだな……」
「おいおい、何言ってんだ。奴隷だったのは俺の方だぜ?」
「それとはまた少し違う。教会は、私を聖光教と国家に忠実な騎士にするために、愛国心を植えつけ、神の恩寵に報いるために剣を取れと教えた。また、おそらく、シスターたちは私の正体を知らずに、愛情を注いだのだろう。その愛情は、本物だった——私に角が生えるまでは。だが、私が聖光教にとって異端だとされるやいなや、皆は私を化け物だと断じ、その命を捨てろと言ってきた。過去に私が聖光教に深く帰依し、国のために尽くしてきたことなど、まるで初めからなかったことのように……。私の命は、教会に握られていたのだ。いつでも、潰せるものだった。利用できるだけ利用して、最後はあっけなく捨てる。……私は、もう、そんな非道なことを企んでいたあの国に、愛想が尽きた」
ソーニャはそう言って、顔を上げ、ユリウスとカリーナをまっすぐ見据える。そして、はっきりと口にした。
「私は……もう一度、先祖の名誉を回復させたい。偽りの信仰に囚われた人々に、真実を知らせたい。今度はそのために、私は剣を取る!」
「おーい、ソーニャ。結局あんたも私情挟まってんぞ。それに、今あんた、剣持ってねえだろうが」
ユリウスはニヤニヤ笑いながら言った。ソーニャは、やや慌てながら言い訳のように言う。
「そ、それはその、言葉の綾というものだ! 私は、この里の人々……浄者のためにできることをしたいと言ったまででだな……」
「ま、でも、あんたの決意が固まったなら良かったぜ。ソーニャ、俺も協力する。どうやるかはまだ全然決まってねえが、俺らで聖光教をぶっ倒そうぜ」
「ぶっ倒す……とは、穏やかでない言い方だな。だが、教会の欺瞞を白日のもとに晒したい気持ちは、貴殿と同じだ。共に戦おう」
「おう!」
ソーニャとユリウスは、拳を合わせた。その様子を、カリーナはクッキーをかじりながら見ていた。その顔には、かすかに笑みが浮かんでいた。
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