第30話 母のこと
一瞬目の前が白くなったと思うと、すぐに視界にアンナの家が飛び込んできた。
「長ろ……カリーナ殿。いったい何をなさったのだ?」
「何てことはないわ。瞬間移動よ」
「へっ?」
「あなたも、ちょっと練習すればすぐできるようになると思うわ。そんなことより、今は早くお話をしましょう。……アンナ、開けて。わたしよ、カリーナよ」
カリーナはユリウスと同じくらい無遠慮に、アンナの家のドアを激しくノックした。ややあって、中からアンナが顔を出した。
「こ、これは、長老……。わざわざここにいらっしゃるとは、いったい何のご用ですか?」
「もう、だから、わたしのことはカリーナお姉様って呼んでって言ってるでしょ。まったく、みんなホントにわたしのこと敬ってるのかしら? まあ、いいわ。ところで、ユリウスくんはいる? 彼にお話があるの」
「ユリウスさん? ああ、今、裏の畑で作業をしていると思いますが……」
「そう。じゃ、呼んできて」
カリーナの一言で、アンナは慌てて畑へと飛んでいった。
数分後、ソーニャとユリウス、カリーナはテーブルを挟んで向かい合っていた。ユリウスは笑みを浮かべてカリーナに話しかける。
「久しぶりっすね、長老さん。あんた、俺らのことあんまりよく思ってなかったみたいっすけど、どういう風の吹き回しで?」
「わたしのことは、カリーナお姉様と呼んでちょうだい。……まあ、ちょっとね。何でもいいじゃない。わたしの機嫌を損ねたくなければ、それ以上突っ込まないで」
つっけんどんな言い方に、ユリウスは肩をすくめた。その様子を横目で見ながら、カリーナは話を続ける。
「わたしが来たのは、あなたたちにソーニャさんのことを話すためよ。まず、単刀直入に言うわね。ソーニャさんは、巫王の娘よ」
「……へ?」
ユリウスは口を半開きにしたまま固まった。そして、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「そ、そいつぁ、どういう……」
「どうもこうもないわ。わたしは、ただ事実を口にしただけ」
「……そういや、巫王の娘が行方不明だって聞いたな。それはソーニャだったっつうことか。だが、なんでソーニャは捨てられたんだ?」
「そう焦らないで。順を追って話すわ。……まず、ソーニャさんの母親のエメリは、すごく理想主義的な人でね。穢者、つまりユリウスくん、君のような超自然的力を持たない人々とも仲良くなりたいって思ってたの。角や力の有無こそあれど、同じ人間なんだから、絶対に分かり合えるはずだって信じてたみたい。わたしからすれば、なんて浅はかで馬鹿げた考えなんだって感じだけどね」
そこまで話すと、カリーナはふうと息を吐き、アンナに淹れてもらっていた紅茶を一口飲んだ。「あら、美味しい」と呟き、彼女は再び口を開く。
「それである時、エメリは国王や教会の人間と話してくると言って、王都に出かけたの。まだ乳飲み子だったソーニャさんを連れてね。赤子連れの女には、相手も迂闊に手を出せないとでも思ったのでしょう。でも、流石に一人で行かせるのは心配だったから、侍従が何人かついていったわ。……ここからは、その侍従の一人に聞いた話だから、伝聞に過ぎないのだけど。王都に着いたエメリは、早速国王への謁見を願い出た。でもそれは認められなくて、代わりに教会の聖職者たちと会うことになったの。彼らは角の生えたエメリたちの姿を見て、ひどく驚いたらしいわ。そして、彼女たちを捕らえようとした。でも、当時の大司教が、話だけでも聞こう、と言って、食事会に招いたの」
「当時の大司教……っつうと、死んだ先代ってことか?」
「ええ、そうよ。確か、リネーとかいう名前だったかしら。とにかくその男は、他の何人かの聖職者たちとともに、エメリたちと会食をした。その時に、エメリは、ちょっとした術を使ってみせたの。部屋に落ちていた埃を、風を起こしてかき集めたり、水を操って食器を洗ってみせたり、花を咲かせてみせたり、ね。その様子を見て、聖職者たちはたいそう驚いたそうよ。そして、エメリは、『どう? 私たちの力は、決して恐ろしいものなんかじゃないわ。うまく使えば、こんなに便利なのよ』と言ったみたいなの」
ソーニャは黙って話を聞いていたが、その時、茶請けとして出されていたクッキーに手を伸ばした。甘さ控えめで、美味だった。
「へえ、話を聞く限り、接触はそこそこうまくいったんじゃないですか?」
「……全然、よ」
「?」
首を傾げるソーニャとユリウスに、カリーナはため息をついた。
「問題なのはここからよ。……会食は穏やかに進んでいるかのように見えたわ。でも、そのうち、聖職者たちの顔が、みるみる青ざめていったの。そして、『ば、化け物!』って叫び出した」
「化け物? どうしてですか?」
「……聖職者たちはね、エメリたちに毒を盛ってたのよ」
「はっ!?」
ソーニャとユリウスは、揃って大声を上げた。いったいどういうことなのだろうか。その疑問に対する答えは、すぐに提示された。
「大司教リネーには、最初からエメリたちの話に耳を貸す気はなかったみたいなの。食あたりに見せかけて殺すつもりだったらしいわ。異形の者など、人間扱いしていなかったのよ」
「そんな……」
「でも、その試みは失敗に終わった。浄者には、穢者にとっての毒は効かないから。それを見て、聖職者たちはエメリたちを化け物だと断じた。そして、今度こそ彼女たちを殺そうと、武器を持って追いかけてきたらしいの。エメリたちは逃げたわ。ソーニャさん、あなたを連れてね。途中で術を使って姿をくらましたりして、何とか努力したんだけど、結局は追いつかれて、エメリと侍従のうちの何人かは刺し殺されてしまった。残されたソーニャさんも、殺されかけたわ。でも、大司教が、『何かに使えるかもしれん』と言った。……そこから先は想像でしかないけど、大司教は真相を伏せて、ソーニャさんを教会に預けた。そして、あなたはそこで育てられたのでしょう」
「え、待ってください。ソーニャの角は、その時には生えてなかったんすか?」
「おそらくは、エメリが最後の力を振り絞ってソーニャさんに封印を施したんだと思うわ。彼女も命の瀬戸際で、穢者とは分かり合えないって理解したんでしょう。角が生えたままでは、色々と不都合があるんだって思い知ったのよ」
「……」
非常に重い沈黙が訪れた。紅茶はいつの間にか、すっかり冷めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます