第24話 人々への聞き取り

「ここの歴史、ねえ。随分と漠然とした質問じゃないか」


 ややあって、女性は再び不機嫌そうな顔になってそう言った。ユリウスは困ったような笑みを浮かべ、彼女をなだめる。


「ああ、すいません。でも、俺たちがエルイーネで教わってきた歴史と、ホントに起こったことは違うんじゃないかと思いまして。いろいろと本で調べはしたんすけど、やっぱり直接この地で生きてる人に聞いた方がいいと思ったんすよ」

「……そうかい。あたしは、聖光教によって教えられてる歴史についてはよく知らないよ。生まれてからこの年になるまでずっと、この里で生きてきたからね。だから、あたしが話せるのは、ここで教わってきた歴史についてだけだ」

「それでいいんすよ。あんたが何を学んできたのか、ちょっくら教えてくれませんかね?」


 ユリウスに続いて、ソーニャも頭を下げる。


「私からもお願いする。私は……真実が知りたいのだ」

「真実、か。ま、あたしの知ってることも、必ずしも正しいとは限らないかもしれないけどね。それでもいいなら、ちょっと話してやるよ」


 女性はそう前置きして、話し始めた。


「この国は、あたしたち浄者じょうしゃの先祖が治めてきたんだ」

「浄者……ってのは、魔女のことか?」

「そうだよ。まあでも、ここはあんたたちに合わせて、魔女って名乗ろうか。あたしたちは、自然を操れる力を持ってる。風を吹かせたり、雨を降らせたり……とかね。あたしはそれが当然だと思ってたが、あんたはその力を持ってないんだろう?」

「ああ。でも、ソーニャはその力を持ってるってことか?」

「そうだろうね」

「いや、私はそのような力など……」

「持ってるよ。その角が何よりの証拠だ」

「……」


 ソーニャはそっと自分の角に触れた。凸凹した感触がある。女性は一つ息をつくと、言葉を継いだ。


「で、あたしたちは、特定の神とかじゃなく、自然そのものを崇拝している。それで、その自然に感謝を捧げるために祭祀をやってんだ。その祭祀を司ってたのは、巫王ふおうって存在だったんだよ。まあ、ここ十数年は、巫王は不在なんだけどね。前の巫王が死んじまったから」

「え? 後継者はいないんすか?」

「娘がいたんだけどね。行方不明なんだ。恐らくはもう……」

「……そうだったんすか。じゃあ、今はその祭祀はどうしてるんすか?」

「長老が代わりにやってんだよ。でも、あの人は面倒臭がりで変わりもんだから、あんまり真面目にやってなくてね。……おっと、話が逸れちまった。歴史の話だったね? まあとにかく、エルイーネは、長らく一系の巫王が治めてきたんだ。だが……数百年前に突如、侵略者が現れた。奴らは一様に、菱形の装身具を身につけていたらしい」


 それを聞いて、ユリウスが顔をしかめた。


「菱形っつうと……聖光教を象徴する記号だな。つーことは、侵略者ってのは俺らの先祖ってことか」

「多分そうなんだろうね。で、そいつらがあたしたちの先祖を、エルイーネから追い出したんだ。……追い出したっていうか、虐殺したんだよ。侵略者たち……あたしたちは穢者えしゃって呼んでるが、とにかくそいつらは、自然を操る力を持つ魔女を気味悪く思ったらしい。それで、差別意識も手伝って、大規模な魔女狩りが行われたんだそうだ」

「……」


 ソーニャは目を閉じ、うなだれた。そして、一言こぼした。


「……やはり、私の信じてきた聖光教は、私の先祖の敵だった、ということか……」

「気の毒だが、そういうことになると思うよ。……魔女は迫害によって、随分と数を減らした。だが、完全には滅びなかったんだ。先祖は、なんとか逃げ延びて、この辺鄙なところに里を作った。今あたしたちが生きてるのがその証拠だよ。さて、あたしが知ってるのはこんなところだ。もういいかい?」

「ええ、十分っす。ありがとうございました」

「……ありがとう……」


 ソーニャはショックを受けつつも、何とか礼を口にした。彼女はユリウスに支えられながら、女性の家を後にした。


 その後も数人の住民に話を聞いたが、誰の話にも共通していたのは、かつて魔女はエルイーネ全土に広く住んでいたが、侵略者たちによってこの地に追いやられたということだった。中には、侵略者や聖光教への憎しみを隠そうとせず、聖女という役割を担っていたユリウスに対して罵詈雑言を浴びせる人もいた。ソーニャも、魔女の末裔でありながら、なぜ邪教を信じていたのかと責め立てられた。


「へっ、やっぱ俺への風当たりは強えな。予想はしてたけど。……ソーニャ、大丈夫か?」

「……仕方なかろう。私のしてきたことは誤っていたのだから」

「ああ、確かに、あんたが聖光教を信じてたことは間違いだったよ。俺も何回もそう言ってきただろうが。……だが、あんたにとっちゃ、救いだったもんが実は敵だったって分かったわけだしな。その心中、察するに余りあるぜ。……とりあえず、アンナさんのとこに帰ろう。疲れただろ?」

「……そうだな、そうしよう」


 ソーニャとユリウスは、アンナの家へと帰った。


 ソーニャはその晩、夢を見た。教会で過ごした幼少期の夢だった。他の孤児たちとともに、聖職者に見守られ、遊んだり勉強したりしていた。笑顔があふれていた。


「……シスター……司教様……」


 ソーニャの寝言が、裁縫をしていたアンナの耳に入った。


「ソーニャさん……」


 アンナは大きなため息をついた。

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