第23話 調査

 翌日、ソーニャとユリウスは、アンナの家の地下にある書庫を調べていた。数列に渡って本棚が整然と並べられており、小さな図書館のような様相を呈していた。


「私は本を集めるのが趣味でね。あんまり参考になりそうなものはないかもしれないけど、自由に見ていいわよ」


 そうアンナに言われたので、その言葉に甘えることにしたのである。今のソーニャたちにとっては、どんなに小さな手がかりでもありがたかった。


 もう夏が近づいているにも関わらず、書庫の中はひんやりと涼しかった。奥の方に行くと、黄ばんだ古そうな本が平積みになって置かれている。その装丁は、紙に穴を開けて紐を通しただけというごく簡素なものであり、出版社を介して出された本ではないようだった。


「ゲホッ……この辺の本、埃被ってやがんな。長らく日の目を見てこなかったんだろう。だが、そういう本こそ一見の価値ありだ。ソーニャ、引っ張り出すの手伝ってくれ」

「承知した。……それにしても、本当に本が多いな。アンナ殿も、相当な本好きと見える」


 ユリウスは分厚い本の一冊を取り出し、めつすがめつ眺めた。


「これなんか、多分すげえ貴重な本だぜ。売り飛ばしたらいくらになんだろうな?」

「ひ、人のものを勝手に売るなど、言語道断だ!」


 焦るソーニャに、ユリウスはけらけらと笑う。


「冗談だよ。あんた、クソ真面目だな、ホントに」

「貴殿はふざけすぎだ。まったく、仕方ないな」


 そんなことを言い合いながら、二人はいくつかの本を運び出した。








 アンナの家のリビングで、二人は持ってきた本を吟味していた。


「これは……『ルミザ王国悲恋物語』。フィクションの恋愛ものか。こっちは、『風の操り方入門編』。実用書みてえだな。で、これは……ん? 『我々はいかにして歴史から消されたのか』か。こいつぁ、使えそうだな。ソーニャ、そっちはどうだ?」

「ああ。この『エルイーネ王国史、その虚構と横暴』というのは、参考になりそうだと思う」


 エンターテインメント系から実用書、評論までかなりいろいろなジャンルの本があったので、ソーニャとユリウスは舌を巻いた。これを全て読んでいるとしたら、アンナは相当博識な魔女なのだろう。


 ソーニャとユリウスは、早速自分たちで選んだ本に目を通し始めた。


 数時間後のことである。


 ユリウスは、薄めの本を一冊読み終え、うーんと伸びをした。


「はー、読み終わったぜ。なんつーか……うん、すごい被害者意識の強え本だったな。自分たちは独自の信仰を持ってたのに、侵略者どもが勝手にそれを踏みにじって、てめえらの都合のいいように歴史を書き換えたって書いてある。フレドリカさんが言ってたこととだいたい合致するな」


 一方のソーニャは、複数の厚い本の一部分に目を通していた。


「私はいくつかの本を少しずつ読んだが、それらの内容を繋ぎ合わせると、私たちが魔女と呼んでいる人々は自然に対して干渉できる力を持ち、その力を授かったことを自然に感謝して、決して濫用しないように生きてきたらしい。侵略者たちは、その力を羨み、自分たちのものにしようとしたが、その試みは失敗に終わったという。そして、魔女たちの力を恐れた侵略者は、彼らの恐れる火を市街に放ち、そのせいで多くの人々が犠牲になった……とのことだ」


 ユリウスはしばらく無言で考えを巡らせていたが、やがておもむろに話し出した。


「なるほどな。この本たちは多分、魔女たちが書いたものだから、それもまた自分たちにとっていいように書いてる可能性は十分にあるが、少なくとも聖光教側が教えてる歴史ってのは、正しくはないっつうことは確かみてえだな」

「……」


 ソーニャは黙り込んだ。何を信じるべきか、よく分からなくなってきたのである。混乱する頭を何とか整理しようと、ソーニャは目を閉じた。そんな彼女を横目で見つつ、ユリウスは再び文献調査に戻った。









 二人はしばらく書庫で本を読みふけっていたが、少し目が疲れてきたため、外に出て気分転換することにした。地上に出ると、既に傾きかけた太陽の光が眩しく感じられた。思いの外長く書庫にこもっていたようだ。


「んー、今からじゃあんまり遠くには行けねえな。とりあえず、近場をぶらついてみるか?」

「そうだな。できれば、他の里の人々にも話を聞いてみたいのだが」

「どれぐらい俺たちのこと相手にしてくれるかは分かんねえけどな」


 ひとまず、二人はアンナの家の近くを散策することにした。家は、畑の真ん中にあり、隣の家までは歩いて五分ほどかかった。ユリウスはその家のドアを例によって躊躇いなく叩いた。すぐに返答があり、中から中年ぐらいの女性が顔を出した。やはりガゼルのような角が生えている。女性は二人を見ると、わずかに顔をしかめた。


「……何の用だい?」


 女性のつっけんどんな言い方にソーニャは気後れしたが、ユリウスは全く気にしていない様子で、笑顔で話しかける。


「俺たちのこと、アンナさんから聞いてるとは思うんすけど、改めてご挨拶したくて。俺はユリウス、こっちはソーニャっす」

「知ってるよ。で? あんたら、何で追われてんだい?」

「いやあ、話せば長くなるんすけどね」


 ユリウスの言葉に、女性はあからさまに不機嫌そうな表情になった。


「手短に話しな」

「あっ、はい。ソーニャが魔女だって言われて、エルイーネから異端視されて、処刑されかけたんっす。ま、処刑しようとしてたのは俺なんすけど。俺、あそこで聖女やってたんで」

「は? 聖女? あんた、男だろ」

「まあ、そうなんすけどね。いろいろあって。とにかく、ソーニャは、騎士としてエルイーネのために力を尽くしてきたんっす。でも、それが、魔女だと分かったってだけで、身分も栄誉も全部奪われて、挙げ句の果てに殺されかけて。俺は我慢ならなかったんで、ソーニャを連れて逃げることにしました。で、何だかんだでここにたどり着いたってわけっす」

「……ふーん」


 女性はやや表情を和らげたが、すぐに眉をひそめて問うてきた。


「で、ユリウスくんだっけ? あんた、聖女やってたってことは、聖光教の信者ってことかい?」


 それを聞いて、ユリウスの表情から笑顔がすっと消えた。


「とんでもねえ話っすよ。誰があんなクソみてえな宗教信じるっつうんすか」

「!」


 女性は目を見開いた。


「……そう。あんた、エルイーネの人間にしちゃ、いい根性してるじゃないか」

「へへっ、そうでしょう。……それで、ちょっと聞きたいことあるんすけど、いいっすか?」

「何だい?」

「あなたは、この国の歴史についてどう思ってます?」

「……」


 女性は腕を組み、その場でしばらく考える素振りを見せた。

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