第22話 長老

 長老の家は、小高い丘の上にあった。しかし、そこに辿り着くまでには、登り下りの激しい坂道を通ったり、何が出てくるか分からない伸び放題の草むらをかき分け、実際に蛇に遭遇したりと、なかなかきつい道のりを行かざるを得なかった。だが、既に逃亡中に深い森の中を進んできたソーニャとユリウスにとっては、あまり大変なことではなかった。


 丘に登り、二人は上がった息を整えた。目の前には、壁を漆喰で塗り固めた、瓦葺きの屋根の家があった。アンナの家よりも、幾分大きい。


「うっし、着いたな。ごめんくださーい」


 ユリウスは相変わらず無遠慮にドアをガンガンと叩き、大声を出した。すると、すぐにドアが開けられ、中から一人の、長い黒髪の若い女性が顔を出した。その頭には、牛の角が生えていた。


「あら、こんにちは。男の人なんて珍しいわねぇ。こんなところに何の御用かしら?」


 女性は笑みをたたえた顔をしていた。しかし、ソーニャに目をやった途端、その表情がわずかに強張った。ユリウスはそれを見逃さなかった。彼は頭を掻きながら、


「いやぁ、俺たち、今、訳あってエルイーネ王国……っつうか聖光教の教会から目の敵にされて追われてんすよ。それで、逃げ回ってたら、偶然ここに辿り着いて。アンナさんっていう人に匿ってもらってるんすけど、その人に長老を訪ねてみたらどうだって言われて。長老さん、今、中にいらっしゃいます?」


と、笑って尋ねた。女性は、困ったように微笑みながら、


「……そう。それは大変ねぇ。でも、残念ながら、わたしにできることはなさそうよ。申し訳ないんだけどね。長老は、今出かけてるから」


と答えた。


「そうっすかぁ、そりゃあホントに残念っすねえ。じゃ、後で出直します」

「……もう二度と来なくていいわよ」

「へ?」

「何でもないわ、気をつけてね」


 女性はひらひらと手を振ると、バタンと勢いよくドアを閉めた。










「長老は留守のようだったな。仕方ない、また後で来るとしようか」


 ソーニャの言葉に、ユリウスは首を横に振った。


「ん? どうかしたのか、ユリウス殿?」

「……あの人、思ったよりだいぶ協力的じゃなかったな。あれを何とかするのは、骨が折れそうだぜ」


 顔をしかめるユリウスに、ソーニャは首を傾げる。


「なぜそう思うのだ?」

「目が笑ってなかったんだよ。それに、あんたを見た途端、表情が変わったんだ。多分あの人、あんたのこと知ってるぜ。しかも、あんまりあんたをよく思っちゃいねえようだ」

「私を……? だが、彼女はいったい何者なのだ? 長老の孫か何かか?」

「さあな。けどよ、ただもんじゃねえのは確かだと思うぞ。……ま、とりあえず、今日はアンナさんとこに帰ろうぜ」

「……そうだな」


 やや消化不良な気持ちになりながらも、ソーニャとユリウスはアンナの家を目指した。








 夜遅くになって、ソーニャとユリウスはアンナの家に着いた。夕食をご馳走になりながら、ソーニャはアンナに今日の出来事を話す。


「……というわけで、長老には会えずじまいだった。若い女性が対応してくれたが、自分にできることはなさそうだと……。また後日、出直してみるつもりだ」


 すると、アンナはきょとんとした顔をした。


「え? 何を言ってるの。その人が、長老よ?」

「……はい?」


 ソーニャとユリウスは、揃って首を捻った。その真意を問うべく、ユリウスがアンナに詰め寄る。


「ど、どういうことだよ、それ!?」

「どうもこうも、そのままの意味よ。……ああ、言い忘れていたけど、長老は若返りの術に精通しているから、見た目は若いけど、実年齢はかなりいっているはずよ。でも、話を聞く限り、彼女の関心を引くことはできなかったようね」

「……そうだったのか。だが、関心を引けなかったどころか、むしろちょっと機嫌を損ねちまったみてえで」

「あら、そう? ……どうしてかしらね」

「それが分かるぐれえなら、苦労してねえって。畜生、あの人から話を聞ければ、もうちょっとなんか分かると思うんだけどな」


 アンナは一口紅茶を飲むと、ため息をつきながら言った。


「はあ、あの人、一度へそを曲げると面倒なのよね。……まあ、話を聞いてもらえるようになるまで、しばらく里を探索してみてはどうかしら? あなたたちが出かけている間に、里の人たちには、一応話はしておいたわ。みんな、あなたたちのことを良くは思っていないみたいだけれど、危害を加えはしないと約束してくれたから、そこは安心していいわよ」


 ソーニャとユリウスは、頭を下げた。


「ありがとう。恩に着る」

「あんがとな、アンナさん。……さて、風呂貸してくれるか? 出かけてたから、ドロドロでよぉ」

「ええ、もちろん」


 そして、ソーニャとユリウスは入浴してさっぱりした後、清潔な布団で眠りについた。久々に、ゆっくりと休むことができた。

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