第19話 経緯説明

 ソーニャとユリウスは、アンナの家に入れてもらい、そこで彼女と話をしていた。家の中はリビングとキッチン、寝室といった部屋があり、あまり広くはなかったが、よく掃除された清潔な空間だった。


「……すると、ソーニャさん。あなたは、ずっと聖光教を信じてきたけど、いきなり異端だと言われて処刑されかけたわけね。それを、ユリウスさんが助けたってこと?」

「ああ、そうだ。……アンナ殿。その角からして、あなたも魔女なのか?」

「魔女……ね。それは、聖光教側が勝手につけた呼び名よ。私たちは、自分のことをそうは呼んでいないわ。でも、そうね。私は、聖光教が言うところの『魔女』よ。ここはね、その『魔女』たちが、聖光教の迫害から逃れて作った里なの。それにしても、あなたたち、よくここが分かったわね。結界が張ってあったはずでしょう?」

「結界? ……ああ、ソーニャがなんかやって破ったやつか。ソーニャ、あんた、結界の破り方なんて知ってたのか?」


 ユリウスの問いに、ソーニャは首を横に振る。


「いや、知らなかった。だが、結界を前にして、何かが頭の中に閃いてな。その直感に従って手をかざしたら、結界が破れたのだ」

「なるほど。じゃあ、あなたの魔女としての力が目覚めたのかもしれないわね」

「私の、力……?」


 首を傾げるソーニャに、アンナは頷く。


「そう。話によれば、あなたは今まで、自分が魔女だってことを知らなかったわけでしょう? そのハンスとかいう大司教に断罪されるまでは、頭に角も生えてなかったっていうし。それが、里に来たことで、あなたの中の何かが解放されたのかもしれないわ。全ては推測に過ぎないけれど」

「そうだ。断罪って言えば、ソーニャはあのデブに家畜の血を嗅がされたことで、角が生えてきたんだろ? それって、どういう理屈なんだ? アンナさん、あんたなんか知ってるか?」


 アンナはユリウスの口の悪さに驚きながらも、言葉を紡ぐ。


「……魔女はね、基本的に動物の肉はあまり食べないの。その理由としては、私たちが殺生を嫌うからっていうのもあるけど、もう一つ、動物の血がひどく苦手っていうのもあるのよ。目にしただけで吐き気を催すのに、その臭いを直接嗅ぐなんて、自殺行為にも等しいわ。それがきっかけで、ソーニャさんに施されていた封印か何かが解けたのかもしれない」

「マジかよ。あれはそれを知っててソーニャにそんなことさせたのか?」

「だが、大司教様は『魔女は家畜の血を好むという』とおっしゃっていたぞ」

「おい、ソーニャ。あんなクソ野郎に敬語なんざ使わなくていい」


 ソーニャとユリウスの話を聞きながら、アンナはしばらく考えていたが、やがて話し始めた。


「伝承が誤って伝わっていた可能性はあるわ。でも、もしかしたら故意に捻じ曲げられたのかも」

「あの教会のことだから、史実の歪曲ぐれえ喜んでやるだろうな。これは俺の推測だが、教会は魔女に関する歴史を改ざんしたり、隠蔽してたりしたんじゃねえか?」


 隠蔽。その言葉を聞いて、ソーニャはふとフレドリカと読んだ禁書を思い出した。あれは虚偽にすぎないと思っていたが、実際は表立って歴史には記されていないことを密かに記した、聖光教にとって不都合な書物だったのではあるまいか。フレドリカも、その可能性を疑っていた。


 ソーニャがそんなことをぐるぐると考えていると、アンナが口を開いた。


「ねえ、今エルイーネでは、どんな歴史が教えられているの?」

「そーだな。かいつまんで話すと、なんかいきなりリーアス神とかいう神がこの世界に降りてきて、ぐっちゃぐちゃだった世界に光をもたらして、いろんなもんを生み出した。で、その後、神は自分が初めて造った人間を国王にして、そいつに自分てめえを祀って篤く信仰しろっつって、それと引き換えに加護を与えてやるって約束して姿を消したらしい。いや、てめえで生み出した国なら最後まで面倒見ろっつう話じゃね? ま、俺としては眉唾もんだって思ってるが」


 ユリウスはエルイーネの歴史を知ってはいたが、それが真実であるとは考えていないようだった。一方のソーニャは、それが正しい歴史であるとずっと信じ続けてきたため、疑問を持ったことなど一度もなかったのだが、今となってはユリウスの突っ込みももっともだと思われた。


「……なるほど。完全に魔女っていう存在のことは削除されているのね」

「そーだな。なんか最近になって急に、この国にはかつて魔女とかいう、そのつええ力で国を傾けた奴らがいて、そいつらは聖光教の名の下に全員処刑されて絶滅したとか、デブに教えられたけどさ」

「そう。……政治的な陰謀すら感じられるわね。私の知る歴史は、全然違うわ。かつてこの国は、あなたたちの言う魔女が支配していたけれど、侵略者たちによって魔女は虐げられ、陵辱され、挙げ句の果てに大量処刑されたって。つまり、魔女は被害者なのよ」

「……何だろうな、そっちの方が正しい気がしてきたぞ。まあ、そっちもそっちで、かなり魔女側の私情っつうか私憤が混じってるかもしれねえけどな」


 三人は黙って、長いこと考えにふけっていた。時計の秒針のチッチッという音が、やけにうるさく感じられる。その沈黙を破ったのはアンナだった。


「……あなたたち、長老のところに行った方がいいと思うわ。あの人なら、きっと私よりもこの国の歴史に詳しいと思うし、もしかしたらソーニャさんのことも知ってるかも」

「へえ、この里には長老ってのがいんのか?」

「ええ。私たち、困った時はいつも長老に聞きにいくのよ。……あなたたち、しばらく私の家にいていいわよ。でも、着替えた方がいいかもしれないわね。特にユリウスさん。その格好では、みんなの反感を買ってしまうかもしれない。だけど、困ったわ。うちには、男物の服がないの」

「男性がいる家は、この近くにはないのか?」


 ソーニャの問いに、アンナは首を横に振る。


「いいえ。魔女と言われるだけあって、この里には女性しかいないのよ」

「そうなのか……」


 ソーニャとアンナはユリウスを見てため息をついたが、彼は涼しい顔をしてアンナに言う。


「俺は別に、女物の服でもいいぜ。女装は慣れてるしな」

「え、でも……」

「ごちゃごちゃ言うなよ。当事者の俺がいいっつってんだから、いいんだよ。アンナさん、なんか適当な服貸してくれ」

「わ、分かったわ……」


 とりあえずソーニャは水色のワンピース、ユリウスは白いブラウスに黒いロングスカートという格好になった。

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