第3章 魔女の里

第18話 謎の里

 ソーニャとユリウスが逃亡を始めてから一週間ほどが経った。行く先行く先で、村人たちに襲われ、心の休まる瞬間は全くなかった。二人は肉体的にも精神的にも、次第に疲れ果てていった。


 まだ日も昇らぬ頃、森の奥深くで、腐りかけた切り株に腰かけながら、ユリウスはソーニャに話しかけた。


「……はあー。勢いで出てきたはいいが、まさかここまで村人たちが敵対的だとは思わなかったな。わりい、俺のミスだ。見通しが甘かった」

「いや……仕方ないことだ。これからどうする?」

「そーだな……」


 ユリウスはベールとかつらを外し、がしがしと頭を掻いた。そして、一つ息をついた。


「いざとなったら、この国を出よう。聖光教ってのは、エルイーネでは広く信仰されてる宗教だが、一歩外に出たらあんまり普及してねえらしい。聖職者どもは国外にも聖光教を広めようとしてるようだったが、多分成果は上がってねえと思う。何なら、ラストヴァリアにくだったっていい。とにかく、生き延びることを第一に考えようぜ」


 ソーニャはしばらく考えていたが、やがてゆっくりと首を横に振った。


「……エルイーネは、私の故郷だ。それを見捨てて隣国に降るのは抵抗がある」


 それを聞いて、ユリウスは不満をあらわにした。


「何だよ、あんなことされたのに、まだエルイーネを大事に思ってんのか? へっ、あんたの愛国心は筋金入りみてえだな。……分かった。ぎりぎりまで粘ろう。だが、ホントにやばくなったら、国外に逃げるぞ。いいな?」


 ソーニャは躊躇ったが、結局はこくりと頷いた。








 ソーニャとユリウスは、それから薄暗い森の中を進み続け、やがて森の出口と思しき場所に辿り着いた。明るい光が、木々の間から差し込んでくる。二人は目を細めながら、森の外へと足を踏み出した。


 そこには、どこまでも続いていそうな、荒地が広がっていた。人間の気配が全くない。ユリウスは首を傾げた。


「なんか変だな。こんな急に、何もなくなるもんか?」

「……待ってくれ。何か感じる」


 不意にソーニャが立ち止まったので、ユリウスは「どうした?」と声をかけた。ソーニャは黙って右手を挙げ、目の前の空間を軽く人差し指で突いた。


 すると、何か弾かれるような感覚があった。


「……障壁……?」

「おい、ソーニャ。さっきから何やってんだ?」

「ユリウス殿、少し待っていてくれ」


 ソーニャはそう言うと、目を閉じて手を障壁に当てた。頭の中に何かが閃き、彼女はその感覚に従って手に力を込める。その瞬間、障壁が消えた。


「……おい、こいつぁ……」


 ユリウスの戸惑うような声に、ソーニャは目を開けた。


 そこには、田畑が広がり、民家が点在する人里の風景が広がっていたのである。


「ソーニャ、あんた、何したんだ? なんかいきなり、目の前の景色が変わったんだが」

「……私にもよく分からない。だが、どうやら、ここは何か特殊な術で人目から隠された場所らしい」

「ふーん……」


 ユリウスはしばらくソーニャをじろじろ見ていたが、やがてソーニャの手を掴んで進み出した。


「とりあえず、行くぞ。ここは、今までの村とは違う感じがする。もしかしたら、助けてくれるかもしれねえ」

「い、行くのか……?」

「当たりめえだろ。今の俺たちは、いろんな意味で追い詰められてる。どんな可能性にでもすがりてえんだよ。溺れる者はわらをも掴むってやつだ」

「そうか……」


 ソーニャはユリウスに連れられ、謎の里へと入っていった。









 延々と広がる田畑の間を通り、太陽が高く昇った頃、二人は一つの民家に着いた。白壁に茅葺き屋根の小さな家である。ユリウスは躊躇いなくドアをノックした。


「こんちはー。誰かいますかー?」

「ユリウス殿!? いきなり何をしているのだ。もし住人が私たちを敵視していたらどうする? こちらは丸腰に近い。すぐに捕まってしまうぞ?」

「平気だよ。手は考えてある」

「……」


 ソーニャは緊張して住人の返答を待ったが、しばらくしても中からは何の返事もなかった。


「チッ、しゃあねえな。とりあえず他を当たるか」


 ユリウスがそう言って、振り返った時である。


 家に帰ってきたと思しき女性と目が合った。彼女は白いブラウスに長いジャンパースカートという出で立ちだった。スカートには複雑な模様の刺繍が多く施されている。あまりエルイーネでは見ない格好だった。


 そして何より驚くべきは、彼女の頭からは鹿の角のようなものが生えていたことである。


「……だ、誰……?」


 女性は戸惑った様子で、手にしていた竹箒を強く握りしめた。そして、ソーニャの顔を見てはっと息を漏らした。


「……あなた、見ない顔ね。でも、その角……同類、かしら?」

「……」


 ソーニャは何も言えなかった。目を伏せて黙ってしまった彼女の代わりに、ユリウスが前に出る。そして、女性の声で言った。


「私たち、道に迷ってしまって。不躾なお願いなのは承知の上ですが、しばらくここに置いてもらえませんか? 雑用でも何でもいたしますから」


 その言葉に、女性の目つきが険しくなった。


「その格好……あなたは、聖光教の手先でしょう? わざわざこんなところまで、何しに来たのよ。……はっ、まさか、この里の存在が教会に知られてしまったの? 大変だわ、早く長老様に知らせないと……」


 慌てる女性に、ソーニャは「少し待っていただけるか」と声をかけた。


「……あなた方はご存知ないかもしれないが、私たちは今、教会から指名手配されて、追われているのだ。それもこれも、私が異端であるからなのだが。この方は、私を助けてくれた恩人なのだ。私たちは、決してあなたに危害を加えたりはしない。約束する」


 女性は怪訝な顔でソーニャの話を聞いていたが、やがて一つ息をついた。


「……分かったわ。とりあえず、あなたの話を信じましょう。あなたたち、お名前は?」

「私はソーニャ・ルンドグレーンという」

「私はユリ……」


 女性の声で名乗ろうとするユリウスを、ソーニャが止めた。


「ユリウス殿。もう偽る必要はないだろう」


 しばらく考える素振りを見せた後、ユリウスはベールとかつらを外した。彼の顔を見た女性が、「へっ!?」という間の抜けた声を上げた。


「んじゃ、改めて。俺はユリウス。どーぞよろしく」

「……お、男……? わ、私は、アンナ。こちらこそ、よろしく……」


 アンナと名乗った女性は、困惑しきった様子でソーニャとユリウスを見比べていた。

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