第15話 処刑当日

 無情にも時は経ち、処刑の日がやって来た。


 そよそよと吹く風が、ソーニャのぼさぼさの髪を弄ぶ。彼女は衛兵に引きずられ、騎士団本部前の大広場に連れてこられた。広場には騎士団の者だけでなく、一般の民衆も多く詰めかけている。その中には、オリヴェルやヒルダの姿もあった。


「オリヴェルさま……ソーニャちゃんは、本当に恐ろしい魔女なのですか? 何かの間違いでは……?」


 ヒルダが泣きそうな顔で、オリヴェルを見つめる。彼は沈痛な面持ちでヒルダを見返した。


「……分からない。信じたくはないけど……あの角を見たら、彼女が普通の人じゃないのは一目瞭然だからね」

「そんな……オリヴェルさまは、ソーニャちゃんが処刑されても仕方ないっておっしゃりたいのですか!?」


 食ってかかるヒルダに、オリヴェルは慌てて首を横に振った。


「ううん、そうじゃないよ。俺は、彼女が誰よりも熱心に聖光教を信じて、エルイーネのために頑張ってきたことを知ってるからね。そんな彼女が、こんな形で終わりを迎えていいはずがない。けど……ああ、どうして、あんな角なんか生やしているんだ、ソーニャ……」


 オリヴェルはうなだれた。その様子に、ヒルダは口をつぐみ、拳をぐっと握りしめた。二人とも、何もできない無力な自分が情けなくて仕方なかった。








 教会に掲げられた大時計の長針が、ガコッと音を立てて動き、午後三時まであと三分であることを知らせた。その時、ハンスがふくよかな体を揺らしながら、大広場に姿を現した。それまでめいめいに話をしていた観衆は、一瞬で静かになった。


「これより、罪人ソーニャ・ルンドグレーンの罪状を読み上げる。一つ、魔女の末裔として生まれたこと。一つ、その存在がこの国にとっての災厄であること」


 ハンスの朗々とした声が、青空に響き渡る。その発言の内容を聞くに、やはりソーニャの罪は、彼女の存在そのものであるらしい。そうとなっては、もはやソーニャに申し開きができるはずもなかった。もしできたとしても、彼女にはもうその意志はなかったのだが。


 ソーニャはただ黙って、ハンスの宣告を聞いていた。彼女の両手は体の後ろできつく縛り上げられ、血が滲んでいた。しかし、痛みなどとうに感じなくなっていた。体全体の感覚が鈍くなっているようだった。


「……一つ、ラストヴァリアと通じ、この国を混乱に陥れようとしたこと」


 それに関しては全く心当たりがなかったので、ソーニャは目を見開いてハンスの方を見た。それはどういうことですか、と聞こうとしたが、今更何を問うたところで、処刑される運命から逃れようはないと分かっていたので、ソーニャは口を閉じて目を伏せた。


 処刑の時間まであと二分となり、ソーニャは、衛兵たちによって用意されていた木の杭に縛りつけられた。彼女は抵抗しなかった。


「では、これより処刑を行う。……処刑人、聖女ユリアは、前へ」


 ハンスのその言葉とともに、広場に立てられていたカーテンのような仕切りから、ぬっと人間の手が現れた。その手には、火のついた松明が握られている。観衆からはざわめきが起こった。


「せ、聖女様が自ら手を下されるのか!?」

「あの仕切りの向こうにいらっしゃるのが聖女様なのね……お顔を拝見したいけど、やっぱり無理なのかしら?」

「聖女様が処刑を……。あの騎士様は、それだけの大罪を犯したということなのだな」


 手は、仕切りごとソーニャの方にゆっくりと移動してくる。火が近づくにつれ、ソーニャは自らの命の終わりも迫っているのを、ぼうっとする頭で自覚した。


 午後三時を告げる教会の鐘が鳴った。松明の火が、ソーニャが縛られた杭に灯されようとした、まさにその時である。


 ガタンという大きな音とともに、仕切りが倒れた。そして、中にいる「聖女」の姿が露わになった。


「え……?」


 観衆から驚きの声が漏れた。彼らの目は、「聖女」に釘付けになっている。


「せ、聖女、様……!?」

「あれが、そうなのか!? お顔までは見えないが……」

「他の修道女と大して変わらないな。だが……女性にしては少し背が高いように見える」


 「聖女」は、松明を持ったまま立ち尽くしていた。もうすぐ鐘は鳴り止もうとしている。


「どうした、ユリア? 早く火をつけろ。……もしや、ここまで来て怖気づいたのか?」

「……」


 ハンスに急かされたが、「聖女」は微動だにしない。埒が明かないと思ったのか、ハンスが松明を取り上げようとしたその時、いきなり「聖女」がハンスの胸を蹴り飛ばした。


「はっ……!?」


 その場にいる全員が息を飲んだ。何が起きたのか、分からなかったのである。「聖女」は松明を投げ捨て、ソーニャの方に駆け寄ると、木の杭ごと彼女を抱き上げた。


「ゲホッ……ユリア、何をするのだ! まさかとは思うが、罪人を助ける気か!? この者は、聖光教の教義に背く異端者だぞ!」


 その言葉に、「聖女」がさっとハンスを振り返った。


「ふん、血で差別する宗教なんて糞食らえです! この場であなた方の悪行を一つひとつ並べ立てても良いのですよ!」


 次の瞬間、「聖女」はソーニャを抱いたまま走り出した。ハンスは地に倒れたまま、叫ぶ。


「ユリウ……ユリア! 何を世迷言を……! お前たち、何をしている! 追え!」


 あまりの出来事に呆気に取られていた衛兵たちが、はっとして「聖女」とソーニャを追い始めた。しかし、「聖女」が何やら丸いものを投げつけてきた。それは爆発し、周囲にものすごい煙が立ち込める。


「クソ、煙幕か……! 小賢しい真似を!」


 煙が晴れた頃には、ソーニャと「聖女」の姿はその場から消えていた。

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