第14話 絶望
ソーニャはただ、狼狽えていた。
「私が……魔女……? あの、かつて聖光教に歯向かい、国を傾けたという……?」
何がどうなっているのか、彼女には全く分からなかった。彼女はハンスに向かい、悲鳴に近い声になりながら必死で問い詰める。
「大司教様! これは、いったいどういうことなのです? なぜ、私に角が……? あなたは、私に何をしたのですか!?」
ハンスはゴミを見るような目でソーニャを見下ろしながら、吐き捨てるように答える。
「家畜の血を嗅がせたのだ。魔女は、それを好むというからな。たいそういい気分になっただろう?」
「とんでもないです。頭が割れるかのような痛みでした。……私が魔女とは、本当なのですか……?」
「本当も何も、現にその異形の角が、貴様が人でないことを如実に示しているだろう。もはや、弁解の余地などない。ソーニャ・ルンドグレーン。貴様を、反逆罪で火刑に処す」
「か、火刑……!?」
ソーニャは突然の宣告に、頭が真っ白になった。彼女は瞠目し、浅い呼吸を繰り返している。ハンスはそんな彼女には目もくれず、両手を広げ、人々に向かって言い放つ。
「処刑の日時は、二日後の午後三時だ。教会の鐘が鳴ると同時に火をつける。罪人、それまでに懺悔を済ませておくのだな」
それだけ言うと、ハンスは祭服の裾を翻して去っていった。聖職者たちも、徐々に帰っていく。彼らは帰り際にソーニャの顔を見て、「化け物!」や「ああ、なんと恐ろしい……これは、怪物ではないか」などという言葉を投げつけた。ソーニャは衛兵に起こされて連行されるまで、床に倒れたまま、虚ろな目で大聖堂の正面にあるリーアス神像を見つめていた。
ソーニャは騎士の鎧を脱がされ、ぼろぼろの粗末な服を着せられて教会の地下牢に閉じ込められていた。そこは大小様々の虫が這っていたり、ネズミがちょろちょろと動き回っていたりするなど、極めて劣悪な環境だった。日の光も一切差し込まない薄暗い空間で、ソーニャは一人うずくまっていた。足を動かすと、ジャラリという音がした。足枷をはめられているのである。
「……たった一日で、栄誉ある騎士から大罪人へと落ちぶれるとはな……塞翁が馬というやつか」
ソーニャは深いため息をついた。そして、今までの人生を振り返っていた。教会に拾われ、優しい聖職者たちに囲まれて育った幼少期。その恩に報いるため、エルイーネ王国と聖光教に全てを捧げると決めて、騎士団に入り、ひたすら剣の修行に打ち込んできた日々。仲間たちと切磋琢磨し、笑い合い、聖女に温かい言葉をもらって元気づけられてきたこと……。
その全てが、一瞬にして崩壊し、命まで奪われようとしているのである。もっとも、聖女の件に関しては、既にその真実を知ってしまってはいるわけだが。
「私が今まで見てきたものは、全て偽りだったというのですか……? 教えてください、リーアス神……」
ソーニャは自分の頭に手をやった。冷たく硬い感触が伝わってくる。角をゆっくりと撫でると、ぐるりと渦を巻いているのが分かった。引っ張ると、頭に痛みが走る。
「……なぜ、こんなものが。私は、私は……生まれつき、この国に害をなす存在だったということなのか……?」
ハンスには処刑までに懺悔を済ませておけと言われたが、何を懺悔すれば良いのか分からない。強いて言うなら、生まれてきたことそれ自体、であるように思われた。他ならぬ自分自身が愛する祖国にとっての異物であったことに、ソーニャはひどくショックを受けていた。
「……もはや、処刑を待つまでもあるまい。こうなったら、エルイーネのために、潔くこの場で死のう」
ソーニャは覚悟を決めて、思い切り舌を噛み切ろうとした。
と、その時である。
バタバタという音がした。誰かが階段を降りてきているようだ。ソーニャは開いた口をそっと閉じた。
ガチャリという音とともに、地下牢の鍵が開けられる。ソーニャは扉の方に目をやった。
「……ソーニャ……ああ、何とおぞましい姿に……!」
入ってきたのは、二人の修道女であった。一人は若く、もう一人は年かさである。彼女たちはソーニャを見るなり、眉間にしわを寄せ、口を両手で覆った。二人は、ソーニャのよく知る人物であった。
「シスター・マーヤ、シスター・イェシカ……?」
若い方がマーヤで、年配の方がイェシカだった。二人は、ソーニャが幼い頃によく面倒を見てくれたのである。ソーニャとしても彼女たちには深い恩義を抱いていた。しかし今、彼女たちがソーニャを見る目は、化け物を見るそれである。
「……どうなさったのですか。わざわざ罪人の顔を見にいらしたのですか?」
ソーニャは自嘲気味に笑った。マーヤとイェシカは、顔を見合わせた。しばしの沈黙の後、マーヤが口を開く。
「あなたが反逆罪で捕まったと知らせを受けて、急いで来たのです。よりによってあなたが罪を犯すなど、信じられませんでしたが……その姿を見れば、納得です。ソーニャ……酷なことを言うかもしれませんが、あなたはもはや、異端者です。自分の罪を受け入れ、大人しく裁きに従いなさい。それが、今あなたにできる、リーアス神への最大のご奉公です」
「シスター……」
ソーニャは絶句した。しかしそれに構わず、イェシカが続ける。
「マーヤの言う通りです。出自は決して変えられません。あなたの本性は、白日のもとに晒されました。恐ろしい怪物よ、わたくしたちは、もうあなたには一片の愛情も抱いておりません。聖なる炎に焼かれ、生まれてきた罪を悔いながら逝きなさい」
ひどく冷たい声でぴしゃりと言われ、ソーニャは目の前が真っ暗になった。
遠ざかっていく足音が、放心状態のソーニャの耳にいつまでもこびりついていた。
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