第3話 衝撃的な出会い
ある日の夜である。
鍛錬を終えたソーニャは、少し散歩をしたいと思い立ち、宿舎へ帰る前に寄り道をすることにした。
春の心地良い夜風に吹かれながら、ソーニャは歩いていく。道端に生えている木々がこすれ、ざわざわと音を立てた。雲ひとつない空に浮かんだ月の明かりが、彼女の影を長く伸ばしている。暗い道ではあったが、怖くはなかった。
ソーニャは教会の方へと足を運んだ。彼女が懺悔のためによく訪れるティデリア教会は、美しいステンドグラスや尖塔が特徴である。昼間もその荘厳さはよく分かるが、夜は内部の灯りが大きな窓から漏れ出し、それが一層神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「何度見ても素晴らしいな。聖光教の偉大さをそのまま体現しているかのようだ」
教会を見上げながら、ソーニャは感嘆のため息を漏らした。そして、しばらく見惚れていた。
その時である。
ソーニャの耳に、何やら賛美歌のような旋律が聞こえてきた。しかし、どうにも調子外れなのである。ソーニャはやや不快感を覚え、歌声の出所を探すことにした。
「何だ、この歌は。このように下手な歌、リーアス神がお聞きになったらどう思われるだろう。……ああ、本当に下手だな。神を冒涜していると言われても仕方ないぐらいだ」
教会の裏側に回ると、歌声が大きくなった。ソーニャが辺りを見回すと、窓の一つが開いていることに気づいた。そこからは、誰かが顔を出していた。傍に生えている木に隠れながらよく見ると、その人物は黒いベールを被っていた。ベールからは緩く巻かれた長い金髪がこぼれ出ている。しかし、顔はよく見えなかった。
「……も、もしや、あれが、聖女ユリア様なのか……!?」
ソーニャは息を飲み、一度顔を背けたが、好奇心が勝り、そっとユリアの様子を観察することにした。
歌は相変わらず続いている。状況から判断して、ユリアが歌っているのに間違いはないようだった。しかし、おかしい。歌声は男性のもののようだったからである。どういうことか分からず、ソーニャはじっとユリアを見続けた。
すると次の瞬間、ユリアが自らの頭に手をやり、ベールを脱いだ。彼女の顔があらわになる。
「……、……!?」
ソーニャは目を見開いて硬直した。
ベールの下から出てきたのは、焦げ茶色の短髪をした、十代後半ぐらいの男の顔だったのだ。どうやらベールから出ていた金髪は、かつらだったらしい。
「はあー、今日も一日よく頑張ったな、俺」
男は軽く頭を振り、そうこぼした。そして、がしがしと頭を搔く。
「ったく、やってらんねえよ。毎日毎日いもしない神サマなんかに祈ってさ、しょうもねえ懺悔ばっかり聞かされて……ま、でも、自分で望んだことだし、しょうがねえか」
あまりの事態に驚愕し、ソーニャは「ひいっ!!」と叫んでしまった。
「ん? 誰かいるのか?」
男はきょろきょろと周りを見回した。そして、木の陰にいるソーニャに気づいたらしく、彼は驚いた表情になった。
「あれ、あんたは確か……ソーニャとかいう名だったな?」
見つかってしまったことに焦ったが、いきなり自分の名を呼ばれたことに戸惑い、ソーニャは一定の距離を保ったまま、男を問い詰めた。
「なっ……なぜ私の名を知っている? それよりも、貴殿は誰だ!?」
男はソーニャの言葉に、ニヤリと歯を見せて笑った。
「あんたは騎士団の中でも、めっぽう強いって有名だからな。こないだの演練でも、いい成績残したんだろ。それに、あんた、よく懺悔に来るじゃねえか。……ああ、俺? 俺はユリウス。あんたのだあい好きな、聖女サマだよ」
「……!?」
訳が分からず、ソーニャは混乱して頭を抱えた。いったいどういうことなのだろうか。目の前にいるこの男は、自分は聖女だと言っている。しかし、そんなわけはない。確かにソーニャは聖女の顔は一度も見たことがなかったが、まさか男性であるなどとは考えもしなかったのだ。あり得ないことである。
ソーニャはユリウスと名乗った男の顔から目を離せないまま、ゆるゆると首を横に振り、やっとのことで口を開いた。
「……ふ、ふざけたことを言うな! だいたい聖女様は、決して人前に姿を現さないはずだ。こうして窓から顔を出しているなんてこと、あるはずがない!」
「確かに俺は、基本的に教会に閉じ込められてて、外には滅多に出られねえ。だが、夜は別だ。礼拝客も来ねえからな、こうやって普通に外を眺めてることはよくあるんだぜ」
「……」
ソーニャは眉間にしわを寄せつつ、じろじろとユリウスの姿を眺めた。首からは聖光教を象徴する菱形がついた数珠を下げており、黒を基調とし、白がアクセントの修道服をまとっている。ただ、その服はロングスカートであり、どう見ても女物であった。首を傾げるソーニャに、ユリウスは笑って言う。
「ははっ、変だろ。別に人前に出るわけじゃねえんだから、こんな服着なくたっていいだろっつったんだけどな。ったく、あのジジイどもの妙なこだわりに付き合わされるこっちの身にもなってくれって話さ」
「ジ、ジジイ……?」
「教会の偉い奴らだよ。司教とかさ。あいつらが、聖女たる者はこれを着なくちゃならねえって言うんだ。ホント、馬鹿らしいよな」
司教たちに対してなんという言葉遣いをするのだ、とソーニャは腹立たしく思ったが、今は困惑の方が強かった。
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