第2話 エルイーネと聖光教

 翌日の演練では、大方の予想通りソーニャが八面六臂はちめんろっぴの活躍を見せ、国王から表彰を受けた。


「ソーニャ・ルンドグレーン。そなたは、騎士団の手本となるべき才を持つ、貴重な人材だ。これからも、我が国と聖光教のために力を尽くしてくれ」

「はっ、国王様。恐れ多いお言葉でございます。リーアス神の恩寵に報いるべく、尽力する所存です!」


 ソーニャは右腕を直角に曲げ、胸の前に当てて敬礼した。国王は満足そうに微笑んだ。


 演練終了後、ソーニャは道を歩きながら、オリヴェルと話をしていた。彼はがっくりと肩を落としている。


「はあ、結局いいところを見せられなかったな。フレドリカも、すぐに帰っちゃったし。俺のことなんて、眼中にもないって感じだったな……」

「オリヴェル、何のための演練だと思っているのだ。有事に備えてのものだろう? 女性の気を引くことが目的ではない。たるんでいるぞ!」


 ソーニャはそう言うと、オリヴェルの背中をバシンと叩いた。オリヴェルは咳き込みながら、涙目でソーニャを見る。


「ゲホッゲホッ……ちょっと、何するんだい! 君は力が強いんだから、手加減してくれ!」

「お前が悪いのだろう。エルイーネに仕える騎士としての自覚が足りん。……お前も、聖女様に懺悔してきたらどうだ? 『煩悩に囚われて、務めを果たせておりません』と」

「はあ、また聖女様の話か。君は本当に、彼女のことが好きなんだね」


 オリヴェルの呆れたような言い方に、ソーニャは顔を赤らめた。


「す、好き、というわけではない! ただ私は、あの方を心から敬愛しているのだ! ……あの方は、いつも人々の懺悔に、的確なお言葉を返してくださる。実際にお顔を拝見したことはないが、とてもお優しいお方であることは、そのお声、その口ぶりからひしひしと伝わってくるのだ。お前も、そうは思わないか?」


 ソーニャの熱弁に、オリヴェルは肩をすくめた。


「まあ、俺だって、聖女様のことは素晴らしい人だと思ってるよ。国民のために、いつも祈りを捧げて、神託を告げてくれてるんだものね。……分かったよ、ちょっと懺悔してくる。ついでに悩みも聞いてもらうよ」

「そうしろ。私も行く」


 二人は揃って、教会へと向かった。










「いやあ、やっぱり聖女様は悩み相談の達人だね。随分気持ちが楽になった。これで訓練に集中できそうだ」


 教会からの帰り道、伸びをしながら言うオリヴェルに、ソーニャは得意げな顔をした。


「そうだろう? やはりあの方は偉大なのだ。どんな些細なことでも、嫌な顔一つせずに話を聞いてくださる」

「いや、壁で隔てられてて顔は見えないじゃないか。本当は嫌がってるかもしれないよ?」

「そんなわけがなかろう。聖女様はお心の広いお方だ。どこまでも国民に寄り添ってくださるに決まっている」

「……君の聖女様への信頼は相当なものだね。そこまで行くと、もはや心酔って域じゃないかな?」

「ふん、好きなように言えばいい。私はもう少し鍛錬してから帰るが、お前はどうする?」

「俺は今日はもう休むよ。君も、ほどほどにね」


 そんな会話をして、ソーニャはオリヴェルと別れた。ソーニャはその夜も、誰もいない演練場で、ひたすら素振りをしていた。










 翌日、ソーニャは非番だった。また鍛錬をしようと思っていたのだが、たまには街に出て、息抜きをしてはどうだと上官に言われたので、それに従うことにした。しかし、着ていく服があまりない。しばらく吟味した後、かなり地味で流行遅れのツーピースを着て出かけることにした。


 街の中心部は活気に溢れており、ソーニャはしばしば店の客引きにあった。彼女を年頃の女性と見たらしく、服屋や宝飾品を売る店の店員から特によく声をかけられた。断るのも悪いと思い、それらの店を見て回ったが、そこで売られている品々には興味もないし、品の良し悪しもよく分からず、結局何も買わなかった。


 ひとしきり店を見た後、ソーニャは住宅街に足を運んだ。人々の暮らしぶりを見ておきたいと思ったのである。ソーニャの顔はかなり知れ渡っているようで、住民たちはソーニャを見るとすぐに、「あ、騎士様だ! こんにちは!」と、次々と声をかけてきた。


「こんにちは。奥方、どうだ、最近の暮らし向きは」


 ソーニャの問いに、道端で洗濯物を干していた女性が振り向いて答える。


「ああ、これは騎士様。今日はお出かけですか?」

「そうだ。少し息抜きをしろと言われてな」

「そうでしたか。日頃のお勤め、お疲れ様です。……暮らし向き、ですか。決して良いとは言えませんね」


 女性は困り笑顔で答えた。ソーニャは「……そうか……」と目を伏せた。すると、女性は「ですが」と努めて明るい口調で言った。


「生活は確かに苦しいですが、これもリーアス神が我らに与えたもうた試練です。乗り越えれば、楽園が待っています。そうでしょう、騎士様?」


 ソーニャは一瞬答えに詰まったが、すぐににこやかな笑みを浮かべた。


「ああ、そうだな。リーアス神は常に我々を見守っていてくださる。そのお慈悲は、エルイーネ全土に広がっているのだ。だから、安心して日々を過ごすといい」

「はい。騎士様にも、リーアス神のご加護があらんことを!」


 女性は胸に手を置き、浅く礼をした。ソーニャもそれに倣い、頭を下げる。そうして、ソーニャは女性と別れ、帰路に着いた。

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