第4話 混乱

「……すると、貴殿は、本当に聖女様なのか……?」


 疑わしい視線を向けるソーニャに、ユリウスは呆れたように笑う。


「何だ、まだ疑ってんのか? 騎士サマは思いの外、疑り深くていらっしゃるんだな」

「それはそうだろう! 聖女様のお姿を見てしまった上、それが男性だというのだから、すぐには信じられまい」

「なるほどねえ。それもそうか。……で、どうだ? 憧れの聖女サマの顔を見た感想は」

「か、感想……とは?」


 首を捻るソーニャに、ユリウスはわざとらしくため息をついてみせる。


「なんか思うことの一つぐらいあるだろ? こう、かっこいい、とか、素敵、とか」

「……」


 手で髪を撫でつけるユリウスに対し、今度はソーニャが呆れる番だった。手を頭にやり、大きく息をつく。確かにユリウスは綺麗な顔をしてはいたが、今はそんなことよりも重大で気になることがある。


「百歩譲って、貴殿はまあ、格好良いと言っておこう。だが……それよりも、なぜ男性が聖女様をやっているのだ?」


 その言葉に、ユリウスは口を尖らせる。


「何だよー、百歩譲んねえとかっこ良くねえのか? 俺は。……え? 何で男が聖女なのかって? 簡単な話だよ。相応しい女がいなかったからだ。別に、教典にも、聖女は女でなければならねえとは書いてねえからな」

「それは、そういう場合を想定していなかったからではないのか……?」


 ソーニャの突っ込みに、ユリウスはへらへらと笑って答えた。


「いーんだよ、細けえことはさ。……あ、ところで、ソーニャ。あんた、剣、得意なんだろ? どうだ、いっちょここで俺に剣の腕を見せちゃくれねえか?」

「え、ここでか?」

「ああ。駄目か?」


 ソーニャは少し考えた後、「……分かった」と承諾した。ユリウスは満足そうににんまりと笑った。









 ソーニャは携えていたサーベルを使い、ユリウスの前で剣技を披露した。ヒュンヒュンという音とともに素早く突き出される剣や、流れるような華麗な舞に、ユリウスは息を飲んだ。


「おお……こいつぁ、すげえや。王国一と謳われる剣の腕の持ち主って噂は、マジだったみてえだな」

「お褒めに与り、光栄だ。……これで満足か、ユリウス殿?」

「何だ、俺のことは聖女サマって呼んでくれねえのか?」

「……私は今も、貴殿が聖女様であるとは信じきれていない。それに……男性である貴殿に向かって『聖女様』と言うのは、少々違和感がある」


 ソーニャの言葉に、ユリウスは「ま、それもそうか」と応じた。


「じゃあ、ソーニャ。これからも、またちょいちょい来てくれよ、夜にな。俺、ここで待ってるからさ」

「……はっ?」


 ソーニャは口を半開きにして固まった。どういうつもりなのだろうか。


「ん? 嫌か?」

「いや、そういうわけではなく……なぜそのように私に頼む?」

「単にあんたに興味が湧いたからだよ。もっとあんたのことを知りてえ、あんたと喋りてえっていう、ただそれだけさ」

「……そうか。だが、私は貴殿が思うほど、魅力的な人物ではないぞ」

「いやいや、軟禁生活強いられてる俺にとっちゃ、外の世界の全てが魅力的なのさ。……やべえ、誰か見回りに来やがった。じゃ、またな」


 そう言うと、ユリウスはバタンと音を立てて窓を閉めた。嵌め込まれたガラスが、取り残されて呆然とするソーニャの顔を映していた。










 宿舎への道を歩きながら、ソーニャは混乱する頭で思案し続けていた。


「……聖女様が、男性だった、だと……? そんなこと、あるはずがない。だが……現に、彼女……いや彼がベールを外すところを見てしまったわけだからな。会話までしてしまった。というか……彼は、『いもしない神』とか、『しょうもない懺悔』などと言っていなかったか? な、なんということだ……まさか、聖女様がそんな風に考えていたなんて……」


 今更ながら思い出し、ソーニャは大きなショックを受けた。聞き間違いだと思いたかったが、ソーニャは耳が良いため、そのような可能性は低かった。


「今度会ったら、問い詰めてみよう。なぜそのように、聖光教を愚弄するようなことを言ったのか、とな。……って、なぜ、また行く気になっているのだ、私は。ああ、きっと彼が嘘をついているに違いない。本物の聖女様は別にいらっしゃるはずだ。あの彼の口から、懺悔の時にいただけるありがたいお言葉が出てくるはずがないからな。うん、そうに決まっている」


 なんとか自分を納得させようとしてみたが、少々無理があった。


 宿舎に帰ってベッドに入ってからも、今日の衝撃が頭を占めていた。なかなか寝付けず、彼女は寝返りを打った。


「聖光教は……私の全てなのだ。それを否定するような発言をするのであれば、たとえ聖女様であっても、看過するわけにはいかない」


 ソーニャはベッドの中で拳を握りしめた。


 結局、夜明けも近くなってから、ソーニャはまどろみ始めたのであった。

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