大学生協モデル妖精
蒼井シフト
わたしの相棒は、妖精(特典付き)
「200ゴールドになります」
わたしは震えた。こんな大金に触れるのは初めてで緊張する。
半年分の家賃よりも高いのだ!
まあ、わたしの住居が格安なせいもあるのだけれど。
「間違いありませんね?」
店員さんが開けた箱の中身を確認する。
わたしと同じ、暗めの茶髪をショートボブにした子が、目を閉じて横たわっていた。
HMU(王立魔法大学)のロゴが入ったシャツを着ている。
そう、大学生協モデルには、特典として、シャツとハーフパンツが付いているのだ。
「他のお洋服も一緒にいかがですか?」
わたしは首を振った。
小さな人形服なのに、どれもわたしの服より高い。
代金を支払う。
こうしてわたしは、自分の相棒となる妖精を、手に入れたのだ。
**
わたしが目指す魔法弁務士は、アストラル界との「適切な契約」を行う職業。
この国家資格の絶対条件。それは、魔力を持たないこと。
無魔力な魔法弁務士に代わって、過去の契約を読み取り、文書化してくれる。
それが「妖精」と呼ばれる、魔道具なのだ。
大学食堂のテーブルで、妖精を箱から取り出す。
背中のボタンを、シャツの上から長押しすると、「ぴっ」と鳴った。
仰向けに横たえる。
すぐに、妖精が目を開いた。
ゆっくりと立ち上がる。
わたしを認めると、にっこり笑った。
「こんにちは。所有者の方ですか」
「はい」
「では早速、登録を始めます」
人はほぼ皆、魔力を持っている。
魔力で「個人情報」を流し込んで、登録ができる。
大部分の人は、精密な制御は出来ないので、情報は無秩序に流れ出る。
それを魔道具側が、必要な情報だけ読み取り、残りは削除する(ことになっている)。
無魔力なわたしには、そんなことはできない。
魔道具の操作もできない。
そのため妖精には、高度なLLMが搭載されている。
普通に話すだけで、妖精に色々とお願いできるのだ。
だから、高額になってしまうのだけど・・・
「まず、お名前を教えてください」
「オリガ・コヴァーチ、です」
頷く。購入情報と一致したようだ。
「次に、」
そこで一瞬、動きが止まった。
あれ、と思う間もなく、言葉が続いた。
「スリーサイズを教えてください」
「は? なんで?」
「オリガのことを正しく認識するために、身体情報が必要なのです」
「ほ、本当に必要なの?」
「必須です」
わたしは数秒、固まってから、
身をかがめ、妖精に顔を寄せて、低い声で数字を呟いた。
「98、xx、xx」
すると妖精の顔から、表情が消えた。
そして。
「まるで乳牛だな」
いきなり失礼なことを言われて、わたしは呆気にとられた。
妖精は、テーブルの上に横になった。
「ちょっと、どうしたの?」
故障か? 初期不良なのか? と心配したが、倒れた訳ではない。
天井を見上げながら、右手を口に近づけたり、離したりしている。
それ、タバコを吸っている振り?
これは、もしかして。
「カーラ! あなたなの!」
思わず声を張り上げてしまった。
カーラは、わたしの部屋に住んでいる幽霊だ。
実態としては、カーラの部屋に、わたしが住んでいる。
最近は、カーラ「が」わたしに住んでいる。
色々と込み入った事情があるのだ。
妖精が上半身を起こした。
「ちょっとからかっただけだ。
相棒を手に入れたんだな、おめでとう。
これで君の、法と文字に仕える奴隷人生が、始まった訳だ」
「縁起でもないことを言わないで!」
妖精の顔がニヤリと笑い、正面を向いた。
すぐに、驚いた顔で周囲を見回してから、慌てて立ち上がった。
「すみません。なぜか座っていました。
次は、生年月日を教えてください」
あとは、一般的な項目が続いた。
「登録は以上です。
次は、私に名前をつけてください」
「もう決めてあるんだ。
あなたの名前は、ティエラにします」
子どもの頃に憧れた、魔法使いの名前。
わたしは相棒に、自分自身と、憧れの魔法使いを、重ねていた。
「よろしくね、ティエラ」
「よろしくお願いします、オリガ」
**
「配布したプリントに、『契約座標』が書いてあります。
座標の文法や、検索方法は、この後の講義で学びます。
今日は妖精の使い方を習得するのが目的なので、用意された座標を使ってください。
出力された契約文書を、本日の提出物とします」
リスティル教授に言われて、プリントを見る。
見慣れない単語ばかりが並ぶ。
「えーと、ハイヴィランクトゥ、あー、アルパカ、オバオルタ、ドーント、レス」
ティエラは黙って、私を見上げている。
「あれ、違った?」
リスティル教授から指導が入る。
「単語は正確に。間投詞を入れない。
勝手な場所で切ったり、くっつけたりしない」
「はい」
難しい。
「ハィヴィラクトゥ・アルカパ・オバ・オルタ・ドーントレス」
ようやく正確に座標を告げることができた。
すると、ティエラが、ぼぅっと白く光った。
おお、憧れの魔法使いっぽくて、カッコいい!
ティエラは座標を基に、契約を読み取る。
この世界とアストラル界との間で成立した、過去の契約だ。
ティエラが両手を、わたしに向かって突き出した。
「貸してください」
「なにを?」
「ペンを」
ボールペンを持ったティエラは、スキー板でも抱えているように見えた。
ペン先を紙に下ろすと、「T」と書いた。
その隣に、「h」と「i」。
右に一歩ずれて、「s」、空白、「A」。
(This Agreement made and entered into this・・・)
”一文字ずつ書いていくんかい!”
思わず心の中で、ツッコミを入れた。
妖精の姿は、学生ごとに様々だった。
隣の男子の妖精は、四角い身体に大きな腕が生えていて、ロボットみたいだ。
すごい勢いで書き進めている。
向こうの女性の妖精には小さな羽があり、飛びながら紙を撫でていく。
すると、文字が紙の上に現れた。印字しているのだ。
スピードが全然違う。
結局、契約文書の提出は、わたしが一番最後だった。
**
課題が出た。契約を読み取り、要点をまとめる。
やることは単純だが、量が多い。明後日までに10通ある。
これが大学か! 憂鬱になってきた。
ティエラが、えっちらおっちら、ボールペンを抱えて、文字を書いていく。
授業中は焦ってしまったけれど、こうして頑張って書いている姿を見ると、なんだかたまらなく、ティエラがいとおしく思えてきた。
ようやく巡り合った、相棒なのだ。
「オリガは、休憩してて」
「え、でも」
「いいの。私が書いたあと、オリガはレポートにまとめなきゃいけないんだよ。
今のうちに、休んでて」
「わかった。じゃあコーヒー買って来るね」
ティエラを自習室に残して、カフェに向かう。
カフェに行くと、カーラの姿があった。
幽霊のカーラは、わたしに憑依することで、部屋から外に出れるのだ。
見えているのは、カーラの作り出す幻。アバターのようなもの。
本体は、わたしの中に潜んでいるはず。
若い男が、しきりに何か話しかけている。
やがてカーラが頷き、にっこり笑った。
男は上機嫌で手を振りながら、去った。
「どうしたの?」
「ただのナンパだ」
現実にあるのか! 物語の出来事ではなく。
そういうことに縁のないわたしは、目を丸くしてカーラを見つめた。
「良くあるの?」
「今は引きこもりの幽霊だからな」
「それを真昼のカフェで言うか」
「昔も、この長身が仇となって、そんなに多くはなかった」
「どのくらい?」
「週に6回くらい」
「ほぼ毎日じゃない!」
これだから男という奴は。カーラの実態も知らずに!
顔がきれいで、細身で髪が長くて笑顔が眩しければ、誰でもいいのか!
なんだか無性にイライラしていると、同じクラスの男子学生たちが通り掛かった。
「オリガさ~ん、お疲れ~」
「課題しんどいよな」
「うん。憂鬱」
「契約の出力に手間取るようなら言ってよ。俺の妖精、馬力あるからさ」
「あ、ありがとう」
「レポート明日、見せ合わないか? 俺そそっかしいから、間違えそうなんだ」
「午後に図書館で!」
「う、うん、いいよ」
一方的に予定を決めると、去って行った。
カーラが、ニヤリと笑った。
「お前も捨てたものではないな。青春してるじゃないか」
そう言われると、悪くないな、と思った。
気分がちょっと軽くなった。
**
自習室に戻った。
びっしり文字を連ねた紙が、きれいに揃えてあった。
頑張ったねティエラ、と言おうとして、その姿がない。
ティエラがいない!
箱の中やリュックを覗くが、いない。
机の下にも落ちていない。
自習室を見て回るが、いない。
「すみません、妖精を見ませんでしたか?
大学ロゴのシャツを着た子です」
泣きそうだった。ティエラが頑張っている間に、男の子との会話に浮かれていた自分が、ひどく罪深く思えた。
もしかしたら、カフェまでわたしを呼びに行ったのかもしれない。
自習室を飛び出して、誰彼構わず、聞いて回った。
でも、迷子の妖精を見かけた人は、いなかった。
途方にくれて、カフェの椅子に腰かける。
「妖精を探しているのは、君ですか」
呼び掛けられて振り替えると。
右腕に黒猫を抱き抱えた男が、立っていた。
そして彼の左手には、
目を閉じたティエラが、握られていた。
わたしは息を飲む。
「省電力モードだろう。
君が呼べば、目覚めるはずだ」
そう言って差し出した左手は、鈍く光る金属の義手だった。
ティエラを受け取ると、両手で包み込むように持ち、呼び掛ける。
「ティエラ、ティエラ!」
するとティエラは、ぱちっ、と目を開いて、わたしを見上げた。
「契約書、書けました」
「ああ、ありがとう、ありがとうティエラ!」
わたしは思わず、ティエラに頬ずりした。
「この子が、咥えて持ってきてしまった。申し訳ない」
男は頭を下げた。黒猫がだらーんと垂れる。
”こ、この黒猫は!”
魔力再検査の日に、わたしのどこかの孔から流れ出した幽体が、憑依した猫だ。
などとは言えず、曖昧に笑ってごまかした。
「いえ、その。
届けてくれて、どうもありがとうございます」
「外傷はないと思う。
ただ、服を破いてしまったようだ」
見ると、シャツが少し、裂けていた。HMUがMUに見える。
「お詫びに、この靴を受け取ってくれないか。
私には、使い道がないので」
革製の、黒いローファーだった。
小さいのに、細部まできちんと作りこまれている。
すごく可愛い。そして、すごく高そうだった。
わたしはお礼を言って、ありがたく靴を頂戴した
**
帰宅すると、靴を履かせてみた。
ローファーは、ティエラにぴったり合った。
「よかったね、似合うよ!」
ティエラは、黙って靴を見つめている。
それから顔を上げて言った。
「デバイスの紐づけ完了」
「は!?」
「オリガ、先ほどの契約座標を、もう一度、言ってください」
訳が分からないまま、座標を読み上げた。
白い光を帯びたティエラが、紙の上に立つ。
すると! 足元に文字が現れた。
「妖精のオプションデバイスだな。
印字機能付きの靴だ」
横から顔を出したカーラが呟く。
ティエラが、くるくると回りながら、踊るように歩く。
連なった文字が、紙の上を、ティエラを追いかけて流れていく。
「文字だけでなく、ティエラの動きも見るんだ」
「踊りのこと?」
「そうだ。この踊りは、魔法使いの身振りを再現している。
身振りも、契約内容を決める要素だ」
「じゃあ、正しい契約を結ぶには・・・」
「詠唱の言葉だけでなく、魔法使いの動きも、指導する必要がある。
それを再現するために、妖精は人型に作られたんだ」
またたくまに、契約書が1通、完成した。
「これで課題もはかどりますね」
わたしの人さし指をつかんで、
嬉しそうに、ティエラがぴょんぴょん跳ねた。
この子と一緒なら、きっと、魔法弁務士になれる!
わたしは、あこがれへの決意を、新たにした。
「これからもよろしくね、ティエラ」
大学生協モデル妖精 蒼井シフト @jiantailang
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