シクラメン



 私はただこの二人のイチャイチャをずっと見ていたいと思っただけなのに。


(だのに……なんでこーなっちゃったのかな……)


 左右に寝ている少女を見比べる。右にはイケメンの女の子、雅。シャープな輪郭と長い睫毛が美しい対比を生み出している。そして左にはお姫様のような可愛らしい女の子である瑞葉ちゃん。ふわふわの髪と柔らかそうなほっぺたが、人の心を吸引する。


 私はこの二人……雅と瑞葉に挟まれて寝てしまった。

 最初は、この二人のイチャイチャを見る、撮るという目的だけで、写真部に入部したのに。


 どうしてこうなったか、ひとえに私の考えなしの言動のせいだ。




 思い返して、一週間前。




「雅さまっ、今日こそわたくしの愛受け取ってくださいまし!!」


 瑞葉ちゃんが調理実習で作ったクッキーを、勢いよく突き出していた。

 幾度となく見た光景だが、瑞葉ちゃんからすれば毎度毎度が勝負の瞬間のようで、肩を震わせながら受け取ってもらえるかをドキドキしながら待っているようだった。

 対して雅はいつものようにクールで、うっすら微笑むとクッキーの包み紙を優しく受け取っていた。


「ありがとう」


 写真部では毎日見る光景だった。しかし二人は未だに付き合っていない。なぜなら


「じゃあ、皆で食べようか」


 このオチのせいだ。雅は瑞葉ちゃんの気持ちに答えたことが一度もない。気づいてないのか、わざとなのかもわからない。いち視聴者の私としてはすれ違いも確かにエッセンスとして楽しめるが、瑞葉ちゃんからすればたまったものじゃないだろう。


「じゃあわたくし……お茶淹れますわ……」


 案の定、今日も失敗したという表情で瑞葉ちゃんはトボトボ歩いていた。


「だ、大丈夫? 瑞葉ちゃん」

「わたくしは、雅さまに意識されていないのでしょうか」


 小声でそう言った瑞葉ちゃんはいつも以上に落ち込んでいたようだ。

「絶対そんなことないよ! 瑞葉ちゃんは凄く可愛いんだから、もっと押していけば上手くいくって!」

「かわっ……からかわないでくださいまし」


 私は、瑞葉ちゃんを心の限り励まして紅茶を受け取って席に戻る。

 長机に、三人分の紅茶とクッキーが並べられる。私がこれを食べてもいいのかそっと聞いたが、瑞葉ちゃんは微笑んで良いと言ってくれた。


「……ん、これ、もしかして」


 一口食べた瞬間、雅が不思議そうな顔をする。私も齧ってみると、いつもより甘味が抑えられてるのに気づいた。雅が甘さ控えめなお菓子が好きだと聞いてアレンジしたのだろうか。


「私の好みに合わせてくれたのかい? ありがとう、嬉しいよ」


 そう言って、雅は瑞葉ちゃんの頭を撫でていた。すると落ち込んだ表情が一転、パッと花が咲くように眩しい笑顔に変わった。

 雅の行動に一喜一憂する瑞葉ちゃんを見ていると、無意識のうちに私は合掌していた。

 こういうのが見たくて私は、写真部に入ったのだなぁと常々思う。あ、そうだ。


 私は二人を画角に収め、写真を撮る。

 勝手に取ると怒られるのだが、予告して撮ろうとすると雅はキメ顔をつくるし、瑞葉ちゃんは借りてきた猫のようになるので、自然に笑い合っているエモーショナルな二人を画に残すには不意打ちで撮るしかない。

 案の定怒られたが、満足いく写真が撮れたので良しとする。二人もそれを分かってくれているようで、変に写ってない限り無理矢理消そうとはしてこなかった。



 ◆



 ある日、進路相談とやらで瑞葉ちゃんが部活に来ない数十分、雅と二人っきりになる時間帯があった。

 私はここしかないと、思い切って雅に瑞葉ちゃんをどう思っているのか聞いてみた。


「雅って、瑞葉ちゃんのことどう思ってる?」


 雅は押し黙っていた。静かな空間が空気を圧縮し続けていた。私が、その圧に耐えきれず息継ぎをしようとした瞬間、雅が口を開いた。


「それは、私が瑞葉の気持ちを無視していることと関係があるのかな」


 驚いた。いや、考えてみれば当たり前だ。ファンクラブもあって、日々見ず知らずの人間から告白されることも少なくない雅が人の好意に鈍感などあり得ない話だった。


「じゃあなんで? どうして瑞葉ちゃんの気持ちを……」

「静佳、聞いてほしいことがある」


 雅は私の言葉を遮り立ち上がると、私の両肩を強く掴んだ。――その手は、少し震えていた。


「私はキミのことが好きなんだ。だから、瑞葉の告白は受け取れない」


 え。ど、どういうことだ? 

 突如与えられた規格外の情報に、私の頭は真っ白に染まり、パンク寸前だった。

 オタオタしていた私に、痺れを切らしたかのように雅は息を吸い込んだ。


「静佳、私はキミのことが好きだ。私と付き合ってくれ!」








 雅からの告白にはとりあえず考えさせてほしいと返し、一日が経過してしまった。


 このままでは、私のオアシスが干ばつしてしまう。もう二人の百合が見れなくなるのは私にとっての死活問題だった。写真部も無くなるかもしれない。部員規定人数は三人なので、私が雅をフッても、雅が瑞葉ちゃんをフッても、誰かが写真部を後にするだろう。

 このままでは百合を眺めることも、写真部を存続させることも出来ずに……私の青春が終わる……


 いや、この状況を打開する方法が一つだけある。それは瑞葉ちゃんが雅を振り向かせること。

 私は瑞葉ちゃんの味方だ。応援しよう。

 この気持ちを全て瑞葉ちゃんへ伝えよう。


 私は意気揚々と立ち上がって、瑞葉ちゃんに会いに部室へ急いだ。


 部室の扉を開けると、ちょうどよく瑞葉ちゃんだけがいた。そうだ今の時間帯は雅が進路相談をしていたはずだ。このチャンスしか無いと、私は瑞葉ちゃんに呼びかけた。


「瑞葉ちゃん!」


 私は、大きく息を吸い込んだ。生まれ持った性を告白するのはとても緊張したが、大胆に言う。

 この気持ちは嘘じゃない。二人が付き合ってほしいという思い、二人の百合が見たいという気持ち。どこにも嘘はない。だから、瑞葉ちゃんの目を真っ直ぐ見て言えた。


 私は女の子同士の恋愛を見るのが――


「好きなんだ!」


 そう、告白した。

 それが、言葉足らずであることに気づいたのは、その直後だった。しかし、今更何を取り取り繕おうと、火に油を注ぐようなものであった。


「あ、いや、違うこれは……」


 私が誤魔化そうとすればするほど、瑞葉ちゃんからすれば、私がつい零してしまった本音を隠そうとしているように見えるだろう。まずい


 すると、顔を真赤にして瑞葉ちゃんは私の手の届く距離まで近づくと、


「あ、あの……私、こうして情熱的に告白されたのは、初めてで……それに、静佳さんのことは憎からず思っていますし、告白自体はとても嬉しいのですが……」

 

 ゆでダコのように真っ赤な顔と慌て泳ぎまくっている瞳。とてつもなく驚かせてしまったようだ。嘘だったと言うと、さらに驚くんだろうか、いや、この空気でそんな事を言えるなら私は今こんな状況に陥ってないんだよなあ。


「で、ですが私は、先輩をお慕い申しているので……」


 ここはもう、このまま振られてしまおう、それが一番波風立てること無くこの場を収める唯一の方法に思えた。

 しかし、突如部室の扉が開き、大津波がやってくる。


「その話、ちょっと待った!」

「雅!?」


 部室の外で話を聞いていたらしい雅が、私と瑞葉ちゃんの間を取り持つように割り込んでくる。私は嫌な予感がした。根底から全てをひっくり返されてしまいそうな、そんな気がした。


「私は、静佳が好き」

「えっ!?」

 

 瑞葉ちゃんが驚いた声をあげる。


「でも静佳は瑞葉が、瑞葉は私が好き……」


 雅は私と瑞葉ちゃんの手を取と、


「このままじゃ、どうしても誰かが必ず不幸になる」


 自分の手も合わせ、三つを重ねた。 


「それならいっその事、三人で付き合うってのはどうかな?」


 開いた口が塞がらないとは、このことだった。私の誤解は置いておくとして、三角関係の三人が一つのカップルになれば良いというのは暴論にも程があった。


 私は二人と目を見合わせた。この提案になんて言えば良いのかわからなかった。

 しかし、最初に口を開いたのは瑞葉ちゃんだった。


「わ、わたくしはそれでも良いですわ! 先輩はもちろん、静佳さんも嫌いなわけではないですので……」


 二人の目が、私を見る。二体一の構図が出来上がり。私には二つの選択肢しか残されていなかった。三人で付き合って、瑞葉ちゃんと雅の百合を楽しむか。この提案を蹴って、三人がバラバラになるか……後者を選ぶはずがない、だが、前者は前者で……私は大いに悩んだ。このままではアイデンティティを喪失してしまう可能性もあった。


「わ、分かった。三人で、カ、カップルということで……」


 しかしだからといって、二人の仲を引き裂くことはどうしても出来なかった。恋人になった二人を見たいと望んでしまった。

 百合の間に割り入ってしまったという罪悪感より、この二人の関係を壊さないという欲を選んでしまった。 


 かくして、私は雅と瑞葉ちゃんと恋人同士ということになった。それから劇的に日常が変わる、なんてことはなく写真部の三人が少し仲良くなったぐらいの変化しか無かった。雅や瑞葉ちゃんと恋人のフリをする必要がないから楽ではあるが、本来見たかった恋人同士の二人のイチャイチャが見られないということにやきもきしていた。……――そんなある日。


「あんた、雅様のなんなのよ」


 突如、クラスの女子に絡まれてしまった。この面々には見覚えがある、雅の親衛隊その一、二、三だったハズ。

 最近、自分でも認識している以上に雅と距離が近かったようで、そのことに対してを詰められていた。そんなこと言われても……どちらかと言えば雅側から寄ってくるので、私がどうこう出来る話じゃないし……。めんどくさいなぁ。


「どうかしたの?」


 雅が教室へ入ってくる。ものものしい雰囲気を感じ取って、私の席までやってきたようだ。


「雅様、えっと、これは」


 先程までの圧はどこへやら、親衛隊の面々はたどたどしく口を動かしている。


「雅にさ、もっと構ってほしいって」


 親衛隊を引き取ってどこぞへでも行ってくれと、言外に伝えようとする。雅は私と目を合わせるとウィンクをして、私の肩に手を置いた。

 絶対曲解してる! 私が雅を止めようとした瞬間――


「ごめんね、私は静佳と付き合ってるから」


 おい! 私だけじゃないだろ、瑞葉ちゃんとも忘れるなよ! じゃなくて、そんなこと教室で宣言することじゃないだろ! まだ朝だからとはいえ、半分ぐらい登校して来てるんだから。

 

「ちょっと! こんなところで発表しないで……」


 否定するつもりが、この台詞だと雅の発言を後押ししてしまうと気づいたのは、もう後戻りできない所まで口に出してからだった。


「それから、大変だったんだよ。クラス全員が質問攻めにあってさ」

「それはそれは、お疲れさまですわ」


 そのことを、部室で瑞葉ちゃんに報告する。ここに来るまでも、出会う人出会う人から逃げながらバレないようにやってきたのだ。


「ふふっ、そのせいで瑞葉と付き合っていることを言いそびれてしまったね」

「いやー、雅親衛隊を舐めてたわ。瑞葉ちゃんは迂闊に付き合ってること言わないほうがいいよ」

「そうしますわ~」


 教室の狂騒からの落差で、私はいつもの部室の雰囲気をぼーっと味わっていた。

 すると袖の当たりを引っ張られる。その方向を見ると、瑞葉ちゃんの顔が大きく視界に入り、驚いた。

 いつの間にか雅の姿が見えない。トイレにでも行っているのかと聞くと、瑞葉ちゃんはその雅に関係する話だと言って、喋りだした。


「……え? 雅の誕生日プレゼント?」

「そうですわ。来週、雅さまの誕生日でしょう? だから、プレゼントを買いたいのですわ」


 恋人としての初めてのプレゼント、それを探すのを手伝ってほしいようだった。

 二人一緒に買えばプレゼントの被りを心配することもないので、いい提案だと思った。


「じゃあ、今日……は、雅がいるから、今度の休みに買い物にでも行こうか」


 休日の約束を取り付けてから、雅が戻ってきたので私達は三人で帰った。



 そして約束の日付。私はデパートの前で瑞葉ちゃんのことを待っていた。人混みの中、小動物のような瑞葉ちゃんがこちらまでやってこれるのかと無粋な心配をしていたのだが、その心配は驚きで吹き飛ばされた。

 可愛らしいドレスを着飾っていた瑞葉ちゃんの周りの人がそれぞれ一定の距離を取っていた。皆瑞葉ちゃんを遠目で見るだけで、近づこうとしていなかった。なんていうか皆、本能的な部分で瑞葉ちゃんを穢してはいけないと思っているのだろう。私だってたまにそう思ってしまう。


「静佳さん! おまたせいたしましたわ!」

「うん、じゃあ行こうか」

 

 私は前置きもなく、瑞葉ちゃんの手を引いてデパートへ入っていった。あちらこちらから、瑞葉ちゃんを見ている視線を感じる。なんていうか、ただプレゼントを探すだけだと思っていたけれど、もしかしたら今日は、私が瑞葉ちゃんを守らないといけないのかもしれない。そう考えると一気に緊張の糸が張り詰めた。


「それで、瑞葉ちゃん。プレゼントの候補って決まってる?」


 大型のデパートを選んだが、ここにないものを送ろうとしている可能性もある。とりあえず大まかな


「えっと、わたくし、お揃いのアクセサリーが欲しいのです!」

「お揃い……ペアリングとかネックレスみたいな?」


 瑞葉ちゃんは大げさに頷いている。

 それならアクセサリーが売っているところを回ることにしよう。うーん、じゃあ私は何にしようかな……まあ、適当な消え物でいいだろう。


 一角のアクセサリーショップについて、私と瑞葉ちゃんは店内を散策し始めた。あーでもないこーでもないと言いながら、雅にはどんなのが似合うかと話し合っていた。

 その中で、瑞葉ちゃんの目を引いたのは、花を模った小物が付いているネックレスだった。


「こ、これなどいかがでしょうか?」


 派手すぎず地味すぎずちょうどいい塩梅のアクセサリーだと思った。


「おーかわいいじゃん、それにすれば?」


 最終的に選ぶのは瑞葉ちゃんなので、私はそこそこのことしか言わないようにした。とんでもないアイテムが出てきた時は緩やかに棚に戻すが、基本的に瑞葉ちゃんの意思を尊重していた。

 すると、瑞葉ちゃんは精一杯背伸びをして、私の首元へネックレスを持ち上げ似合うかどうかを見定めるような行為をしてきた。

 

「静佳さんも、こういうのが良いのですか?」


 なんだか意味を含めた行動と台詞に、私は違和感を感じる。もしかして、だけど。


「もしかして私の分も買うつもりなの?」


 勝手に瑞葉ちゃんと雅のペアルックだと思い込んでいたが、どうやら瑞葉ちゃんは最初から三人でお揃ろいにするつもりだったらしい。


「もしかしておそろいはお嫌でしたか……?」


 だって、全てのプランが瓦解した顔をしていたから。


「いやいや、お揃い大好き! そ、それなら私も半分出すよ」


 私がそう訂正すると、瑞葉ちゃんはホッとした表情でもう一度ネックレスを持ち上げた。


「それで、これは静佳さんの好みに合いますか?」 


 好み、と言われてしまえば私はアクセサリーに興味がない。しかし、これを身につける瑞葉ちゃんや雅の姿を思い描くと――似合いそうだと思った。


「うん、バッチリ」


 それだけで、私が頷くには充分だった。


「ありがとうございました! 今日はとっても、楽しかったですわ!」

「私も楽しかったよ。じゃあまた学校で」


 そう言って、瑞葉ちゃんと別れた。名残り惜しくはないけれど、なんの気なしに瑞葉ちゃんの背中を眺めていると、瑞葉ちゃんが振り返って私に手を振ってくれた。私は天使のような彼女に手を振り返し、デパートを後にした。

 ……なんだか、これ、デートみたい……いや、総括すればそう見えるだけで、私も瑞葉ちゃんも全く意識してないので、二人の間では雅へのプレゼントのお買い物という認識だった。


 週明けの月曜日が雅の誕生日なので、その日の部活動は雅の誕生日会をサプライズでやるようだった。そのための飾りつけも、買い込んでいた。

 月曜日を楽しみにしつつ、私は家路を歩いて帰った。





「あらあら、雅様の恋人さんじゃないですか」


 なんだかデジャブ。登校すると、親衛隊がまた私の席を取り囲んでいた。今度は何をする気なんだろうか。


「……ど、どうかした?」


 なんか、ファーストコンタクトで意図が見えないと途端に不安になる。私はどうしたらいいのだろう。

 なぜだか、私が不安そうだと親衛隊は嬉しそうにして、一枚の写真を取り出した。


「お楽しみだったみたいですね、一昨日」


 写真が並ぶ。そこには私と、瑞葉ちゃんの買い物に行った時の写真。瑞葉ちゃんが凄い笑顔で写っていて、いつこんな顔を……そしてなぜ私はこの顔を撮らなかったのかと自分の力の無さを悔やんだ。


「その写真、焼き増ししてくれない?」

「はぁ?」


 おっと、バッドコミュニケーション。私は気を取り直して、被疑者のように座り直した


「そんなことより、あなた、二股をかけてるじゃないのォ? 浮気よォ浮気!」


 写真を叩きつけて、親衛隊は私の罪を問う。いや、浮気ではない……人道には反しているかもしれないけれど。

 だが、人に何を言われようと、私達三人が納得して付き合っている以上、第三者に外からあれこれ言われたくはないね。


「ふーん、それでどうしたいの?」


 強気な私の態度に、親衛隊が少したじろいでいた。しかし物的証拠を持っているからか、引き下がらない。


「この写真、雅様に持っていってもいいんですよ!」

「勝手にすれば」


 私はきっぱり断った。持っていかれても、なんの問題も……


「あ、あの……静佳さん?」


 気づいたら、背後に瑞葉ちゃんが立っていた。


「あ、瑞葉ちゃん」


 親衛隊は写真に写る瑞葉ちゃんと実際の瑞葉ちゃんを見比べる。同一人物である確認が取れたところで、瑞葉ちゃんにも詰め寄った。


「あなた、騙されていますよ! この人、あなたと付き合いながら、雅様ともお付き合いしてるんですよ!」


「そうですわね。知っていますわ」


 瑞葉ちゃんははっきりとそう言い放った。もう少し誤魔化したりはしないのかと思ったが、瑞葉ちゃんに全乗っかかりすることにした。

 私は瑞葉ちゃんの肩に手を回し、キザったらしく親衛隊を見た。


「そうそう、全部知ってて、私達は付き合ってるの。これでいい?」


 もうこれ以上は聞く必要ないでしょ、と私は会話を切り上げさせる。親衛隊の皆さんは、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら散り散りになった。


「それで、瑞葉ちゃんは何しに来たの? 雅はまだ来てないよ」

「あの、少しお願いがあって」


 そのお願いとは、部室の飾りつけをしている間、雅を部室に近づけないでほしいというものだった。お安い御用だと私は言って、見事に雅を足止めすることに成功した。

 まあ、ほとんど気づいているようだったし、それでもサプライズに驚きの顔をしていたのは流石だと思った。


 しかし、これは予想してなかったようで、プレゼントを開けて3人お揃いのアクセサリーを見た時、珍しく感極まった表情を見せた。

 私はとっさに写真に収めてやった。その日は私の二人の百合フォルダが二ページ、三ページとどんどん埋まっていって、大満足だった。




 そして、話は冒頭に戻る。

 現在、なぜ二人に挟まれて添い寝をしているのかと言うと、それは今日、いや昨日まで話が巻き戻る。

 昨日の放課後、写真部の部室での一幕だ。まだ瑞葉ちゃんが部室に来てなかったので、私と雅は他愛ない話をしながら瑞葉ちゃんのことを待っていた。

 そんな中、雅が突然こんなことを提案してきた。


「お泊り会ぃ?」


 私達が付き合ってから三ヶ月ほどが経過したある日、雅は着々と企画していたらしいことを言った。

 未だに、三人が三人とも恋人としての行動に移れていないことを危惧してのこととかもっともらしいことを言っていたが、本心はどうだか。


「そ、親睦を深めるって意味でもさ」

「お泊り会……ねえ」


 正直、私は二人のイチャイチャを撮りたいだけであって、別に二人とイチャイチャしたいわけじゃないんだ。私の理想はお泊り会の部屋の壁になることだった。まあ行くけどね! 二人のパジャマ姿とか撮れるってことでしょ、私は欲に溺れた女だから、三人で付き合うと言ったときから、倫理観という単語は辞書から消した。


「いつやるの?」

「乗り気だね」

「揶揄わないで」


 雅がくすくすと笑って言った。このやろう、今からでも白紙にしてやってもいいんだぞ。あれ、その場合はもしかして私抜きで瑞葉ちゃんと雅がお泊り会するってことかな。それは困る、私の預かり知らぬところで二人のイベントを進行させないでほしい。

 私が変なことを考えていると、部室の扉が開いて瑞葉ちゃんが入ってきた。


「すみません、遅れてしまいましたわ」

「あ、瑞葉ちゃん。大丈夫だよ。別に何もしてないし」


 瑞葉ちゃんが椅子に座るのを待って、私達はお泊り会の話を切り出した。


「瑞葉ちゃん、雅がお泊り会したいって言ってるんだけど、どう?」

「お泊り会ですか!?」 


 これは超好感触。ここから断られることなんて絶対に無いと確信できるぐらい、瑞葉ちゃんの目が輝いていた。


「とっても楽しみですわ!」


 瑞葉ちゃんは飛び跳ねながら喜んでいた。そんなに喜ばれると、私まで楽しみな気持ちが増えていくようだった。


「じゃあ、いつにする?」


 そうなれば、予定を詰めなければならない。


「明日でいいんじゃない?」


 雅が横からとんでもないことを言い出した。確かに今日が金曜日なので明日はお泊り会に最適な曜日だが、だからって明日は急過ぎるだろう。準備とか、あるんじゃないの?


「わたくしは明日でも問題ありませんわ!」


 瑞葉ちゃん、通称雅のイエスマンが考えなしに発言する。泊まるにしたって、家の人に了承も取らなきゃいけないのに、前日に言うのは迷惑極まりないだろう。というか、”いつ”かはこの際どうでもいいか。


「じゃあ、日時は置いておくとして……誰の家に泊まるの? やっぱり、瑞葉ちゃんの家とか」


 瑞葉ちゃんの家は自称そこそこのお金持ちだ。まあ、私から見れば超お金持ちだけど。だから瑞葉ちゃんの部屋も宮殿ぐらい広い。この前それを言ったら、「そこまででは無いですわ」と言っていた。比較対象にはなるんだと、驚愕した覚えがある。


「わたくしのお家ですか? いいですが……いえ、どうせならわたくし静佳さんか雅さまのお家へお邪魔したいですわ!」


 瑞葉ちゃんに、そう言われ私達二人は顔を見合わせる。


「じゃあ静佳の家にしようか」

「なにが”じゃあ”なのかがわからないんだけど!」


 それからいくらか討論をしたが、私が雅に口喧嘩で勝てるはずもなく、結局明日私の家でお泊り会が行われることになってしまった。その場でお母さんに確認を取る。


「もしもしお母さん? 明日さ、お泊り会してもいい? え? 駄目? 布団がない……」


 どうやら、ウチには布団は家族分しかないようだ。これじゃあどちらにせよ、日か場所を変更せざるを得ない……


「一緒に寝ればいいんじゃない?」


 突然、雅がそんなことを言い出した。いやいやいや、私のベッドの幅じゃどれだけ詰めてもあと一人が限界だ。雅が床で寝るというなら話は別だが


「静佳さんと雅さまと同じベッドで……!? 是非!」


 何故か瑞葉ちゃんが一番乗り気のようだった。知らないよ? 当日になって魂のジャンケン勝負が始まっても、私は知らないからね!!

 お母さんにそう言うと、怪訝な声で「あんたがいいならいいけど」と残して電話は切れた。私はいいなんて一言も言ってない。


「雅、布団とか持ってこれないの」

「布団を担いで電車に乗って来いってことかな」


 そうだった。雅は私の家に来るまでに電車で来ないといけないんだった。はあ……


「ベッド小さすぎても、文句言わないでよ二人とも」

 

 もう覚悟を決めて、私は明日のプランを考え始めた。

 入念?な話し合いの結果、明日、私の家に昼過ぎ、二時ぐらいに集合することになった。



 私は家に帰ってから、部屋中の掃除をして物を片付けこれでもかというぐらい芳香剤を置いて、明日に備えて準備をしていた。母親から恋人でも来るのかと言われたが、「そうだよ来るんだよ」とは流石に言えなかった。

 次の日、先にやってきた……というか昼前に雅がやってきた。まだお昼ごはん食べてる最中だったんだけど


「私は食べてきたから、気にしないで」


 別に気にするつもりなど微塵もなかった。

 家に入ると、お母さんが驚いた顔をして雅に近寄ってくる。既に顔に「娘にこんな綺麗なお友達が?」と書かれている。


「こんにちは。私、如月雅です。静佳さんと仲良くさせてもらってます」

「あら、ほんとに? 静佳が何か迷惑かけてない?」

「いえいえ、静佳さんがいるととても楽しいですよ」


 なんか、同級生と母が会話していると気まずくなるのは私だけだろうか。


「あ、これ、どうぞ」


 そう言って雅は手に持っていた袋をお母さんに差し出した。どうやらお菓子のようだ。こういうところ律儀なのが、いやらしい。あざとく見える。

 もうそれぐらいでいいだろうと、私は雅を自分の部屋へ案内しようとする。階段を登ると伝えると雅は先にリビングを後にした。すると、お母さんが小声で私に話しかけてくる。


「凄く良く出来た子ね。本当に友達? お金とか払ってない?」

「お母さん、それ以上は流石に私でも怒るよ!」


 全く、娘を何だと思ってるのか。私は雅を自分の部屋へ連れていき、ゆっくりしておいてと言ってリビングに戻り、お昼ごはんを早めにかきこんだ。

 そして部屋に戻ると、雅は私のベッドに横になっていた。


「何してんの」

「ほんとに狭いんだね。二人でギリギリじゃないかな」

「だから言ったのに」

「まあ、詰めれば大丈夫だと思うよ」


 そう言って、雅は起き上がる。


「で、何しに来たの」


 約束の時間より早く来るのには明確な理由があると思ったが、雅は顔を鎮めると


「いや、ね。ちょっとぐらい。私も……あれだよ」


 珍しい、雅が言い淀むなんて。雅はちょうどいい言葉を探し続けていたようだが、見つからなかったのか観念したかのように顔を上げる。


「好きな人と二人きりでいたかったっていうか――」


 雅の赤面が見えた瞬間、私にも伝播し、顔が火照る。まさか、そんなしおらしいことを言うとは思ってもいなかったので、不意にドキッとしてしまった。


「ふ、ふぅん……そういえば、雅って私のどこが好きなの」


 私は雅の隣に座る。私を好きな理由を聞いていなかったと思い出した。私は自分でもそこそこ無個性な人間だと思っている。そんな私を好いてくれる理由はなんなんだ。


「それは、一目惚れってやつ」

「はぁ?」


 あり得なさ過ぎる。瑞葉ちゃんのような可愛い子ならともかく、私のような普通の人間に一目惚れするなんてあり得ない。


「それは自己評価が低すぎるよ。私から見れば、静佳も可愛くて、愛おしく思う女の子だよ」


 う、言ってることは歯が浮くような気色悪いセリフなのに、なまじ整った顔で言われると気持ちが引っ張られていく感覚がある。このままでは私も百合の一部にされてしまう……!


「可愛いってどこが?」


 なんだかめんどくさい彼女のようなムーブをしてしまっているが、私のことを一番知っているはずの私が知らない魅力を雅は知っているようだった。


「全部……とまあ冗談はここまでにして。静佳、中二の頃写真コンクールで賞取ってたでしょ」 


 中学生の頃、一度だけ金賞を受賞したことがあった。それで?


「綺麗な写真だなって、これを撮れるような人はきっと、心も綺麗な素敵な人なんだろうなって……そこで一目惚れ」

「一目惚れって……写真に?」

「そうそう。でも、もちろん出会ってからはもっと好きになったけどね」


 雅が何かしらのたまっていたが、私はその前の言葉に意識を奪われていた。


「写真か……」


 懐かしいな。朝から晩までカメラを手に走り回っていた時期だ。風景画を良く撮っていた。今は身近に最高の撮影対象(百合)があるので、風景にかまける時間が少なくなっていたが……雅がそこまで言うなら、再開してもいいかもしれない。

 しかし、昔の写真を褒められてくすぐったい気分だった。懐かしさも恥ずかしい。だが、悪い気はしなかった。私は結構テンションが上ってしまっていた。


「……雅、何でも一つしてほしいことしてあげようか」


 そんなことを、吐いてしまった。


「なんでも? 一つ? へぇ、本当になんでもいいの?」


 雅はイタズラな微笑みを浮かべたまま近づいてくる。今更やっぱなしと言うのもなんだか悔しくて、私は大きく首を縦に振ってやった。


「じゃあ、目閉じてくれる?」


 雅の冷たい手が頬に触れる。め、目を閉じ……!? 


「ちょっと待って、それって何するの?? なにするかだけ先に言ってくれないと」


 目を閉じること無く、私は抵抗を続ける。というか、何をするか言わないまま、顔を近づけてくるな。


「ちゅっ」


 柔らかい感覚が――頬に触れた。頬……ほっぺにキスされた?


「口にされると思った?」

「……」


 ノーコメントだ。ここであれやこれやと文句を言うと正真正銘雅に踊らされていることになるので、私はひたすら口を噤む。


「ふふっ、口はまた今度ね」

「その今度は絶対にこさせないから」


 私は、そもそも二人の百合を撮りたくて……。雅の普段は見せない色気のある顔を見ていると、そのことをたまに忘れそうになる。って、何変なこと考えてんの!


「静佳……! 静佳!!」


 私が煩悩を消し去ろうとしていると、扉を開いてお母さんが入ってきた。どうやらさっきの一連の過程は見られていないようだ。一安心。


「お、お母さん、ノックぐらいしてよ!」

「そんなことより、家の前にとんでもないのが停まっているの!」


 お母さんが何やら騒がしいと思えば、うちの前にリムジンが止まっていた。閑静な住宅街には似合わない漆黒が開いて、中から可愛らしい女の子が出てくる。そこには瑞葉ちゃんがいた。また別の綺麗で高そうな私服で、場所が住宅街でなければお姫様だと勘違いされそうだ。


「いらっしゃい、マドモアゼル」

 

 リムジンを含んだ世界観に飲み込まれ、つい車を降りてくる瑞葉ちゃんの手を取ってしまった。

 ふわりと微笑んだ瑞葉ちゃんは、私の手を取ってリムジンの運転手さんにお礼を告げていた。


「わぁ、ここが静佳さんのお家なのですね」


 瑞葉ちゃんは私の家を見上げると、楽しそうに笑っていた。


「うん。まあ、狭いところだけど、くつろいでって」


 私はそのまま玄関を開けて、瑞葉ちゃんを家に招き入れる。瑞葉ちゃんと出会ったお母さんが本当に私の友達なのかとまたしても疑っていた。お母さん、本来なら瑞葉ちゃんも雅も恋人なんだよ。でもそれは自分でも似合わないなと思うけど。


 瑞葉ちゃんを部屋に案内する、道中も一般人の家が珍しいのか色んなところへ視線を動かしていた。途中転けそうになっていたので、私は瑞葉ちゃんの手を取って階段を登っていくことにした。

 部屋の扉を開くと、雅がいたことに驚いていた。


「わっ、雅さま! もういらっしゃっていたんですの!?」

「うん、ちょっと早く来すぎちゃってね」


 軽く言う感じの早さじゃなかったけどね。二時間ぐらい早かったから。

 しかしこれでようやく三人が揃って、お泊り会が開始された。

 私は特に何を用意したわけではなかったので、とりあえずテレビを付けてみる。


「映画でも見る?」


 なんだかんだ、夜になるまで、お喋りするか、ゴロゴロするかぐらいしかないので、映画でも流しとこうかと思ったが、雅が私の手を止めた。


「静佳。私達は写真部だよ。三人集まったら写真を撮るに決まってるじゃないか」

 

 部活中に一枚たりとも写真を撮ってないやつがいきなり何を言い出すのかと思った。


「瑞葉、こっちおいで」


 雅が瑞葉ちゃんをベッドに呼び込むと、押し倒してしまった。なんだこれは、まるで百合漫画の表紙のようだ。

 気づいたら私は二人に向けてシャッターを切っていた。この流れはマズイと思いながらも、手が止まらない。


「ほら、こういう写真とか」


 雅が瑞葉ちゃんの頬にキスをする。こんな写真を撮っていいのかと自制心が警告してきたが、私は欠片も聞き入れずシャッターを刻み続けた。 


 その後も、二人の絡み写真を存分に撮り尽くした。気がつくと時計の針が進みまくっていた。自分でも静止が効かなかった。


「うーん、だいぶ撮ったね。もういいんじゃない? いつもの数百倍撮ってるよ」


 部活中じゃ三日に一枚ぐらいしか撮ってないので、今日はもう数百倍の枚数撮っている。

 二人も、特に瑞葉ちゃんが雅と密着し続けて息も絶え絶えなので、もう終わりにしよう。しかしたまにはこういった撮影会のような雰囲気も良いものだった。また今度お願いしてみようかな。


「そのときは服も変えたいね」

「わたくし、雅さまのようなお洋服を着たいですわ!」


 二人の距離が物理的にも精神的にも縮まっていた。これこれ、こういうのが見たかった。


「ところで、静佳さんはご一緒なさらないのですか?」


 瑞葉ちゃんが、おずおずと私の方を見る。


「わ、私……写真に写るのが苦手だから~」


 適当な嘘でごまかす。本当は二人の間に挟まるのに抵抗があるというだけだが。じゃあなぜここにいるのかって? 純然たる欲望の赴くままに動いているからだ。


「そう、ですか」


 瑞葉ちゃんが、なぜかしょんぼりしてしまった。そんなに私と写真を撮りたかったのか……!?


「写真部のアルバムに――静佳が写ってる写真が無かったから、気にしてるんだよね」


 私が見当違いな妄想を繰り広げていると、雅がフォローを入れるように口を開いた。まあそんなオチだと思ってたよ。でもなぁ、私の写っている写真に価値があるかと問われると、というより二人が絵になり過ぎるから、二人の写真の隣に私の写真を並べるというのはいささか抵抗がある。


「私が撮ってあげる。ほら、寄って寄って」


 瑞葉ちゃんがそのままに雅が私と位置を入れ替わる。雅のいた位置に私が行くと、瑞葉ちゃんを後ろから抱きかかえる感じになっている。瑞葉ちゃんの首筋が視界の端で映ったり消えたり、意識が奪われそうになる。


「じゃあ、撮るよ。はいチーズ」


 フラッシュが瞬いた瞬間、私は写り具合が気になっているフリをしてすぐに離れた。これ以上あの状態でいると変な感情が爆発しそうだったからだ。


「ど、どう? キレイに撮れてる?」

「こんな感じ」


 ほとんどが瑞葉ちゃんの功績に思えるが、綺麗に写っていた。瑞葉ちゃんがいるお陰で全体的な平均点が高まっていた。


「おぉー、結構いい感じ」

「気に入ってくれたなら嬉しいよ」

「わたくしにも見せて下さいませ!」


 三人並んで、一つのカメラに顔を覗かせる。

 その流れで、今日取った写真、いままで撮った写真を見返していく。


「あ、これ懐かしいね」

「本当ですわ。最初に出会ったときですわね」

「うわ、懐かし~」


 入学時から、今日この日まで様々なことがあって、いろんなイベントが起きて、でもやっぱり一番の出来事は、この三人で付き合い出したことだろう。それだけはどうやって説明しても、入学当時の私が信じるとは思えないし、怒られるかもしれない。


 それからも、私達は部屋で映画を見たりモノポリーをしたり、お喋りをしたりして。晩ごはんを食べ、お風呂に入って――問題の時間がやって来た。


「ほら、言ったじゃん。狭いって」

「あわわ、雅さま、もう少し寄ってくださいませ」

「あはは、これ以上は肩潰れちゃうよ」


 シングルベッドの中でも小さい部類のベッドに、三人でギチギチに詰める。もはや覚悟していたことだから狭さに関しては何も言うまいが、なぜ、私がど真ん中に寝かされたのだろう。


「お、落ちてしまいますわ~っ」


 瑞葉ちゃんが、小声で叫びながら私の腕へ抱きついてくる。柔らかな感触が、腕に――


「わっ、ちょ、瑞葉ちゃん……」

「ご、ごめんなさい、でもっ、こうしてないと、落ちてしまいますの~」


 そう言われてしまうと、離れてとも言いづらくて、私はその体温と柔らかさをダイレクトに強制的に堪能させられることになった。


「じゃあ私も」


 すると、雅まで私の方を向いてその身体を押し付けてくる。


「ひゃぁ!? み、雅までっ……!」

 

 這うように身体に沿ってくる雅の手に、変な声を上げてしまう。ええい、このままで寝れるわけない。もう床で寝るか?


「えへへ……お二人共、今日はとても楽しかったですわ」


 私が床の硬さを思い出していると、瑞葉ちゃんが口を開いた。


「私もだよ」


 雅が続いていったので、私も遅れないように続いていく。


「うん、私も」


 瑞葉ちゃんの心臓の鼓動が、腕を伝って私に聞こえてくる。もしかしたら自分の心音かもしれない。


「最初は、三人でお付き合いなど、どうなるか不安でしたが。こんなに楽しい毎日になるとは思いませんでしたわ」


 いや、確かに瑞葉ちゃんの心臓が、大きく跳ねていた。


「それも、これも、雅さま、静佳さんのおかげ……私、お二人のこと、大好きっ、ですわ」

  

 瑞葉ちゃんはそう言うと、恥ずかしそうに口を閉じていた。暗くて表情は見えないがそんな感じがした。


「私も瑞葉のこと好きだよ。もちろん静佳のこともね」

「――私も、二人のこと好きだよ」


 口からでまかせを……と思ったが、なぜだかその言葉はするりと溢れ出していった。まるでそれが私の本心かのように……夜ということも相まって変なことを考えている。さっさと寝よう。目を閉じて、静かな部屋で瑞葉ちゃんと、雅の吐息を聞きながら……


 いや寝れるか! ただでさえ瑞葉ちゃんと密着していて眠れないのに、これ以上私の心臓を跳ねさせないでくれ。


 しかし、人間とは不思議なもので、暗い室内で目を閉じていると、気づけば眠っていた。




「ふぁ……」


 寝ぼけ眼を擦る、私はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。


「あ、夢か」


 私は写真部の部室で目覚める。その瞬間、お泊り会の思い出は夢だと気づいた。


「夢? どんな夢だったんだい?」


 窓の側に立っていた雅が、私に聞く。夢の説明をどうするか少し考えてから、私は口を開いた。


「去年の夢。たしか去年の今頃、初めてお泊り会開いたよね」


 三人で付き合いだしてから丸一年経ったという時の早さに恐れおののいていた。


「ありましたわね、懐かしいですわ」

「そんなこともあったね」


 雅と、瑞葉が同時に過去を懐かしんでいた。私も、瞼の裏には様々な思い出がある。こうして思い出せば……なんか振り回されている記憶ばっかりだな。

 すると、雅がハッとした表情で言った。


「でも、やっぱりそれ以来静佳の写真を撮ってないじゃないか!」


 まるで私が嫌がっていたからみたいな言い方をしていたが、それは違う。


「いやだから、それは二人がカメラを持たないから……」


 最初は部室の備品扱いだったカメラも、気づけば私が常に持ってデートの時やお泊りの時は私がカメラマンの役目を担うようになっていた。


「だって、静佳さんが一番撮影が上手いんですもの、わたくしではぶれっぶれの心霊写真が撮れるだけですわ」


 まあ、カメラの重さにも耐えれてないみたいだったししょうがないね。


「じゃあ今から撮ってあげようじゃないか」


「えっ、ちょっと待って! 今から!?」


 寝起きの女の子の写真を残すのは良くないんじゃないかな? 私はカメラを持って部室内を逃げ回る。

 カメラを持つ私を、捕まえようとする雅。私は自慢のフットワークで躱し続ける。これまでならそれで先に雅が諦めていたはずだったのに。


「捕まえましたわ、静佳さん!」


 私は背後から近づいてくるもう一人の彼女に気付かなかった。突如瑞葉ちゃんに羽交い締めにされて、雅にカメラを取り上げられる。


「ほら、カメラ貸して! 瑞葉、写って写って」


 そしてそのまま雅はカメラを持った手を伸ばし、自撮りの要領で三人全員を画角に収め、写真撮影。フラッシュが痛いぐらいに私の目に飛び込んできた。


「ほら、どうかな」


 撮られた写真を見る、まあまあ、おかしなところはない。多少躍動感がありすぎて、集合写真というよりは本当に日常の一ピースを切り取った。これぞまさしく写真と言ったものだった。


「とっても上手ですわ、さすが雅さま!」


 でも、こういう雰囲気が好きになっているのも事実かもしれない。

 悔しいけれど、今まで私が撮ったどの写真よりも大事にしておきたいと思った。


「うん。悔しいけど、いい写真だね」


 私が雅と瑞葉ちゃんに挟まれる写真を保存して、私はカメラを仕舞った。

 これからも、こういう写真がいっぱい撮れるといいなと、そう思った。

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