アネモネとローダンセマムの花畑
藤泉都理
アネモネとローダンセマムの花畑
血と硝煙を纏いしあの者をいつまでも両腕を広げて迎え入れていれば必ず。
必ずだ。
いずれこの美しい花畑に、我らが守りしこのかけがえのない土地に災いをもたらす。
必ずだ。
早く追い払え。
おまえは我らの長。
余所者を癒さんとするその美しい心は尊く、貴きものだが、果たして我らを危険に冒してでも、貫くべき事なのか。
みなの反対を押し切ってでも、異国の者を受け入れているのは何故か。
異国の者でありながら、我らが国を守る為に戦う者を癒すのは当然の事ではないのか。
我らが国などと、笑止千万。
領土を広めんと自分勝手に戦を始めた愚かな国である。
とっくの昔に見限っているそんな国の為に戦う者を何故癒す必要があるのか。
傷ついた者を癒したいと思って何が悪いのか。
癒されたいとこの地に度々訪れる異国の者を受け入れて何が悪いというのか。
花を見てきれいだと泣きながら言う異国の者を受け入れて何が悪いというのか。
全身を黒装束で纏い正体を隠す、見るからに怪しい姿の異国の者を受け入れて何が悪いというのか。
とんがり耳、蝶のような羽の形をした縁と羽脈が銀色に鈍く輝く羽、深緑の長い髪の毛を三つ編みにしては胸の前に下ろす深緑の妖精は、咲き薫る豊富な色のアネモネとローダンセマムの花畑を自由気儘に飛翔していた。
たったの一人。
常ならば仲間の妖精も共に飛翔しているのだが、今は森の奥深くに隠れていた。
異国の者が花畑の中で眠っているからだ。
ただ深緑の妖精には、異国の者が実際に眠っているかどうかは分からなかった。
唯一黒装束で隠れおらず露わになっている目は瞑っているだけ。
呼吸は静かだった。
生きているのかも分からなくなってしまうほどに、ひどく静かであった。
「このままおまえがこの地で死んだら。私はおまえをこの地に埋めたいと思うが。仲間は激昂して反対するであろうな」
浄めてこの花畑に足を踏み入れてはいるのだろうが、血と硝煙の臭いは拭いきれず。常に纏い続ける。常に臭いは強くなるばかりである。
行かなければいいのに。
ずっとこの花畑で眠り続ければいいのに。
戦に身を投じ続けるのであれば、せめても、花を連れて行ってくれればいいのに。
深緑の妖精は何度も言った事はあるが、異国の者の答えはいつも変わらず。
(もしも。共に来てくれと。乞うてくれたなら、私は、)
風が吹く。
アネモネとローダンセマムが揺れる。
ちいさくちいさく揺れる。
反対側に揺れればいいのに。
戦が行われている方向へと恵風が吹く。
まるで早く戦に行けと追い立てているように。
まるで早くこの場から立ち去れと追い立てるように。
深緑の妖精は恵風に逆らって飛翔を始めた。
軽やかに、美しく、優雅に、鮮やかに。
(もしも。おまえが戦から逃がしてくれと。乞うてくれたなら。どこかへ連れ出してくれと。そう、乞うてくれたのなら。私は、私の羽の銀色の鱗粉をおまえに振りかけて。共に飛んでいくのに。おまえはここに足を踏み入れて、少しの間だけ留まる事しか望まないから。せめても。私は。この花畑を守ろうと。この花畑を守る事しか。できぬ)
(………そんな険しい顔で飛んでほしくはないのだがな)
薄目を開いて深緑の妖精が飛翔する様を見ていた異国の者は、もう潮時かもなと思いながら、ローダンセマムの銀色がかった細かな葉を見つめてのち、再び目を瞑った。
(癒しを求めたのが。間違いであったのだ)
この日を境に、異国の者はこの花畑を訪れなくなった。
仲間たちが喜んで花畑を飛翔する様子を黙って見続けながら、深緑の妖精は花畑を守り続けたのであった。
数百年後。
「また眠ってるのか?」
「好きなだけ眠っていていいと言ったのはおまえだったはずだが?」
「それはおまえが人間の時だ。妖精になった今は馬車馬の如く働いてもらわなければな。長の命は絶対だぞ」
「おまえ。ずっと妖精長だな。引退したらどうだ?」
「………ああ。そうだな。そろそろ引退して、」
にんまりと、深緑の妖精は満面の笑みを浮かべながら、危うげな飛翔する髪の毛も瞳も羽も衣装も漆黒の妖精の手を引っ張りながら飛翔した。
「更地に新しい花畑を開拓するぞ!」
「がんば」
「て・つ・だ・え・よ」
「………………ほどほどに教えてください」
「おう!」
「そんなに張り切られると先行き不安だ」
「ははっ」
深緑の妖精は快活に笑ったのち、時に恵風に乗って、時に恵風に抗って漆黒の妖精と飛翔し続けたのであった。
(2025.3.13)
アネモネとローダンセマムの花畑 藤泉都理 @fujitori
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