第7話 幸せな二人三脚

「久保田さん、結婚おめでとう!!!」


「「「わ~!!!」」」


『パチパチパチパチパチ!!!』


 会社の上司から私の結婚の予定が発表されると、職場全体が歓声に包まれた。


「一体いつから付き合ってたんですか? 全然気が付きませんでした!」

「新婚旅行、どこに行くんだい?」

「結婚式には呼んで下さいね!!! 羨ましい~♪」


 沢山の同僚や後輩から言い寄られて、ちょっと困ってしまった。

 でもみんなの言葉が温かくて、目頭が熱く感じたっけ。


 それに意外だったのは、上司の反応だった。


「結婚の予定があるので、お休みを頂きたいです」


 二人だけの個室で、率直に伝えた。

 職場が忙しいのは分かっていたし、何日も続けていなくなるのは、心苦しかった。

 何を言われるだろう、怒られるかな……

 戦々恐々としていたけれど、全然違った言葉が返ってきたんだ。


「そうか、おめでとう。よかったね。こっちのことは気にしないでいいから、好きなだけ楽しんでおいで。帰って来たらまたよろしく頼むよ。辞めたりしないよね? 君はここには絶対に必要な人間だ。いや、嬉しいなあ」


 いつも無造作に仕事を投げつけてきていた上司とは全く違って、優しい眼差しと一緒に。


 私、期待してもらっていたのかな。

 今まで持っていた上司へのイメージが変わった瞬間だった。

 そして、この会社に入ってよかったなと思えた。

 みんな、祝ってくれて、本当にありがとう。


「あんまり派手なのは好きじゃないから、できるだけ小じんまりにしようよ」


 あなたはそんなことを言っていた結婚式。

 だけど、式場を見たり、衣装を選んだり、呼ぶ相手を考えたりしていると、どんどん膨らんじゃって。

 最後には諦めたように、「君の好きにしたらいいよ」って、言ってくれたっけ。


 ありがとう。

 お陰で、ずっと思い出に残る結婚式になりました。


 教会でお父さんと一緒に、赤い絨毯が敷かれたバージンロードを歩いた。

 ずっと悩んだ末に決めた、純白のウェディングドレスをまとって。


 あなたの隣に立つと、私が大好きな、いつもの不器用な笑顔を向けてくれたっけ。

 高校一年生の時に出逢って、何か予感のようなものは感じてた。

 全然、何の根拠も理由もなく、ただ何となくだけど。

 途中でずっと離れ離れになって、もう忘れかけた時だってあった。


 そんな淡かった想いが今、現実のものになって形になろうとしている。

 幸せ過ぎて怖いな。

 そんな私に、あなたはそっと指輪をはめてくれて、優しい口づけをくれた。

 赤や青の色がモザイク模様に散りばめられたステンドグラスから、差し込む祝福の光。

 今でも目に焼き付いているよ。


 ごめんなさい、披露宴は思ったより、おっきな人数になっちゃった。

 でも、みんな楽しそう笑って騒いで、沢山のお祝いの言葉をくれた。


「お父さんはきっと、家に帰ってから泣くのよ」


 お母さんがこっそり、そんなことを耳打ちしてくれたっけ。

 お父さんは澄ました顔で、ちょっとお酒が多めだった。

 声をかけたかったけれど、主賓席からはなかなか離れられなくて。


 最後に私が、お父さんとお母さんへの手紙を読み上げた時、目からいっぱい涙を流していたっけ。

 ごめんね、家まで我慢できなかったんだね、お父さん。

 二人の子供に生まれて、私は本当に幸せでした。

 今からもっともっと幸せになるから、これからもずっと、見守っていてね。

 私も泣きながら、そんなことを想ったのを覚えてる。


 ありがとう。

 私にこんなに幸せな想いにしてくれたのは、三浦秀太みうらしゅうた君、あなたです。

 あなたと同じ苗字になる私、これからもずっと、傍にいさせてね。

 ちらりとあなたの方に目をやると、いつもと変わらない笑顔を返してくれたっけ。


 新婚旅行だって、私の希望が満載だった。

 ヨーロッパの国を、いくつか巡る旅。


 ずっと見たかったオーロラには残念ながら出会えなかったけれど、雪に包まれた白い町を、一緒に歩いたっけ。

 古いお城の塔から眺めた景色はどこまでも広くて、頂に雪を被った山がずっと続いてたっけ。

 世界遺産の街並みを歩きながらお土産を探して、あなたは古いバーでお酒を飲んで、楽しそうに周りの人と話していたね。

 英語は苦手だったはずなのに、そこまで上手になったんだね。

 そんなあなたの姿を見て、私は嬉しかった。


 一緒に住むと決めた家は、部屋が三つほどの古いマンションだった。

 お互いの職場に通うのが便利で、ちょっと家賃はお高めで。

 でも二人で働けばなんとかなるかな、そんな感じで決めた。


「もし子供が生まれたら、ちょっと狭いかな」


「そうね。そうなったら、また考えないとね」


 あなたは子供が欲しいんだね。

 私も同じだよ。

 あなたと私の子供だったら、きっときっと可愛いよ。

 何人くらい欲しいかな?

 私はできたら沢山欲しい。

 その方が幸せが沢山増えそうだし、それにあなたの子供を沢山生んであげたい。


 私に注いでくれた愛情以上のものを、きっとあなたは、子供たちにだって向けてくれるはず。

 そんな毎日を見たいな。


 でもその前に、明日からはまた仕事だ。

 夢のような時間は終わって、また日常が戻ってくる。

 でも頑張らないとね、私たちのことをお祝いしてくれた、みんなのためにも。

 ちゃんとお土産は、用意したからね。

 そして何より、あなたとの二人三脚が、これから始まるんだ。


 それからはまた、忙しい日々が続いたな。

 家事は分担、先に家に帰った方がご飯を作って、遅くなった方が食器を片付ける。

 お洗濯はまとめて週に2回。

 お休みの日には、一緒にお掃除。

 お買い物は一緒に行って、できるだけまとめ買いをする。


 話し合った訳じゃないけれど、自然とそんな毎日になってたっけ。


 でも私が疲れて寝ている時なんかは、あなたが代わりにやってくれていたっけ。

 謝ると、


「気にするな。そのまま寝てろよ」


 そんな言葉を、いつもの笑顔と一緒にくれたっけ。

 いつもお言葉に甘えて、グダグダになっていたなあ。


 でもその分、お料理をする時には頑張ったよ。

 ハンバーグは特に、あなたのお気に入りだったね。

 いつもおっきなやつを三つ、綺麗に食べてくれた。

「美味いよ」って、何度も言ってくれながら。


 唐揚げ、茄子とトマトのスパ、マカロニグラタン、シーフードカレー、おでん……大抵のリクエストには応えてあげられたと思う。

「どう?」って訊いたら、たまに「そんなの訊くまでもないだろ」って、はぐらかされた。

 でもさ、言葉にして欲しい時だってあるんだよ?

 全く、気が利かないおバカさん。


 そんな毎日は珠玉のようだったけれど、でも足りない物があった。

 なかなか赤ちゃんが、我が家には訪れてくれなかったんだよね~。

 コウノトリさん、どこかで迷子になっていない?

 いつかそんな生活に慣れていって、ずっとこのまま二人だったらどうしよう。

 それはそれで、ありなのかな……

 そんなふうにも思うようになって。


 でも……


 あるお休みの日に、ソファの上でくつろいでいたあなたに告げた。

 ドキドキと胸を高鳴らせながら。


「ねえ、赤ちゃんができたかも……」


 しばらく来るものが来なかったので、試薬で試してみたんだ。


「……ホントか……?」


「うん。病院に行くまで、はっきりとは分からないけれど」


 その時に見せてくれた笑顔、多分二度目だ。

 春を彩る満開の桜の花ように、優しくて華やかで、愛おしくて。

 ずっと見ていたって飽きない。

 前に見せてくれたのは、私にプロポーズをしてくれて、OKの返事をあげた時だったよね。


「わははははは、やったあああああ~!!!!!!」


 ぎゅっと私を抱きしめてくれて、「ありがとう」を連発していたっけな。

 私からもありがとう。

 そんなに喜んでくれて。


 でもまだ、病院に行って確かめないと、いけないんだけどね……



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